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ぼくが1日遅く書いた理由(ウサギノヴィッチ)

 一日締め切りが遅れている。
 それは知っている。
 じゃあ、なぜ、それを慌てて、急いで、穴埋めにいかないのか?
 それは手がワニに噛まれているから。
 今日は休みだから静岡にあるバナナワニ園にハニーを連れて行ったら、ワニはみんな暇そうにしていた。そこで「バナナワニチャンス」とイベントをやっていて、素手でワニにバナナを食べさせることができたら、バナナワニ園永久無料パスという企画だった。それを見たハニーは、「くだらない、あなたやりなさいよ」と言ってぼくがやることになった。
「バナナワニチャンス」は一種の見せ物みたいになっていて、十四時に行われた。その前の三十分前にステージ前に参加者は集まるように言われていた。参加者はぼくを入れて四人で、みんな頬に刀疵がある人だった。
 係の人が説明する。
「バナナワニチャンスは、一回で閉じているワニの口を開けてバナナを食べさせるゲームです。あっ、素手でね。シンプルでしょ、一回やってみますね」
 そういう係の人の手には小手のような厳つい手袋をしていた。そして、手慣れた手つきでやっていた。ワニは嫌そうな感じで食べさせられたあとものすごい剣幕で威嚇をしていた。
「こんな感じで本番やってもらいます。ワニも同じラッキーくんを使います。ラッキーくんはバナナワニチャンス専用のワニです。なにか、ご質問ありますか?」
「へい」
 ぼく以外の三人がこの世界観を受け入れてしまっているようなので、なにも疑問を持たずに本番が始まる。
 順番はジャンケンによって決まって、みんなチョキの出し方がチャカの出し方だったので、自然とグーを出したぼくが一番最初になった。
『これより、フレンドステージにて、バナナワニチャンスを行います。ご家族揃って見られる催し物なので、是非ともフレンドステージにお越しください』
 アナウンスが行われた。客はパラパラといるが、大体キャパ四百のところに対して三十人しかきていない。客席の後ろでは、花札をしているおっさんが二組いるし、年齢そうも親子連れはなく、見るからにアラフォーのカップルが四組と年寄りの夫婦六組とあと物珍しいものが好きそうな気違いが残りだった。
 ぼくは、その前に出ていき「バナナワニチャンス」をやった。
 口を開けるときに、「お邪魔します」と言ったし、バナナを入れるときに「死ね、下等生物どもー!」とも言った。この後半の言葉がよくなかった、訳ではなく、ワニの舌の上にそっとバナナを乗せればいいのに、喉にバナナを突っ込んでしまった分リーチが長くなってしまって口を閉じるときに腕を挟まれたのだ。
 結局、「バナナワニチャンス」は失敗に終わった。
 そういえば、客席にはハニーがいなかったことに、終わったときに気づいた。
 ぼくは、そういう傷を抱えて今、「好奇心の本棚」を書いている。
 是非とも「すき」ボタンがたくさん押されることを心の底から祈っている。

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