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思い出に生きる。

「うみのてが再始動する」

そんな話を知った時、真っ先に思い出したのは2015年12月24日に行われた"うみのて完結ライヴ"のことだった。

あの日、渋谷WWWにはたくさんの人が集まっていた。ぼく達は最後のうみのてが鳴らす演奏の一音一音を聴き逃さないようにステージから放たれる音を追いかけた。そして、ライヴを終えたその瞬間、うみのては完結した。

「本日メンバーはロビー、物販には一切来ません。ご了承ください」

そんなことを会場スタッフが何回もアナウンスするなか、ロビーに溢れる人は誰もが余韻に浸りながら熱っぽく語り合ったり、グッズを買う列に並んだり、酒を飲んだりしていた。ぼくも数名の知人達と別れを惜しむように語り合い、まだ知り合ったばかりの"笹口騒音オーケストラ"のメンバーさん達と言葉を交わしたことを今でも覚えている。

やがて時間は過ぎ、WWWから渋谷の街にひとり出てみるとクリスマスイヴの賑やかな街並みが広がっていた。そんな一見キラキラと美しいようで、実はその裏に汚い様々な感情や怒りを内包している渋谷の街並みを歩きながら、うみのてはそんな醜い部分をあまりにも美しく誰もが口ずさめる歌にして来たのだ、と。家路を急ぎながらそんなことに気付かされた。

これが2015年12月24日の思い出の全てだ。


あれから数年が経ち、当然ながら色々なことが変わった。
WWWで共に完結ライヴを見ていた人の中には今でも会う人もいれば、全く会わなくなってしまった人もいる。結婚をした人もいるし、いつのまにか消息不明になってしまった人もいるし、実際には会わないけれど、SNSではたまに会話する、そんな人もいる。
ぼくは後々その場にいたアーティストや友人とイベントを開催したり、バンドを組むことになったりもした。

結局、何も変わらないのは5人が残した音楽だけなのだろう。
2枚のフルアルバムとEP、そして映像作品。今でもうみのての音楽を聴き返す度に胸を鷲掴みにされるような感情と興奮を感じるし、映像作品で見られる唯一無二の佇まいには他のバンドでは絶対に味わえない魅力がある。
この先どれだけ生きられるかは分からないけれど、5人が残した音楽が死ぬまで心の中にずっと存在しているのは確かだ。
とは言っても、結局自分がうみのてを追いかけることが出来たのは最後の半年間だけ。けれど、人生の中でも特に印象的な半年間だったし、あの頃の記憶は今でも美しい大切な記憶として絶対に忘れることが出来ない。

ぼくの中で、うみのてというバンドはそんな大切な思い出の中に生きている存在で、陳腐な例えかもしれないけれど、彼らが残してくれた数々の思い出は「青春の1ページ」のような誰にも触らせたくない宝物みたいなものに近しい。
だからこそ、名前だけそのままで別物になったうみのてには当惑するばかりだし、美しく完結した青春の思い出の続きを見たい、とはどうしても思えないのだ。
(敢えて言うならば、2018年初夏に行われた再結成ライヴが同窓会のような位置付けで、あのライヴでうみのては完全に終わった、と自分は思っている)。

 
笹口さん、高野さん、キクイさん、早瀬さん、円庭さん。そして5人がうみのてとして作り出した音楽と作品と思い出のすべてに最大級の感謝と敬意を込めて。

いちファンとしてのわがままです。



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