夏の夜の月待つほどの手すさみに

台風の影響であろう。
薄雲を纏った月が真っ黒な雲に勢いよく飲み込まれるのを見た。しかも右から左、または左から右に光を遮られるようなものではなく、下から上に飲み込まれたのだ。まるで生まれたての卵が大きな怪鳥に食べられるかのように。
月はその後、いっこうに顔を出さない。
黒い塊は空を覆う。
僕は呆然とその黒い雲の動きを眺めてしまっていた。

顔に当たる雨が、僕を現実に戻す。
生温い風を真っ向に受け、どしゃ降りにならないことを願いながら家路を急ぐ。

僕の妄想は膨らむ。

雨とは雲に飲み込まれたものたちの哀しみの涙なのではと。
ならば星が飲み込まれたなら、
ならば月が飲み込まれたなら、
どれだけの涙が降るのだろうか?
何色の涙が降るのだろうか?

雲、雨、涙、海
くも、あめ、なみだ、うみ
クモ、アメ、ナミダ、ウミ…

僕の嫌いな言葉たち。
月はまだ露われず、諦めて僕は家の扉の施錠を開く。


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