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「僕の悲劇は、ほんの一例」 アジマールさんに想う、中村哲さんと日本、アフガニスタンのこと


こちらは、わたしのTwitterで昨年、最も「バズった」ツイート。


中村哲さんは、アフガニスタンで医療や水の問題に取り組むNGO「ペシャワール会」の現地代表。医師でありながら、「百の診療所より一本の用水路を」という思いで、現地で用水路の建設に乗り出した人物だ。
アフガニスタン東部のジャララバードで昨年12月、中村さんは車で移動中、何者かによる襲撃を受け、殺害された。同乗していた運転手や警備員5人も犠牲となった。

ツイートは、アルジャジーラの記事のシェアをしたもの。事件後、アフガニスタンのアーティスト集団「ArtLords」が、中村さんへ敬意を示して制作したウォールアートを取り上げていた。
すぐに多くの人からのリツイートやいいねをいただいた。記事の感想をリプライで寄せてくれた人もいた。


わたしは中村さんの活動を、NHKのドキュメンタリーなどを通して知っていた。乾燥した大地を現地の人びととともに、灌漑により緑溢れる地へと変えていった姿を、心から尊敬していた。

恐怖と隣り合わせで暮らしているはずなのに、こうして想いを伝えてくれるアフガニスタンの人びとの愛と強さにも、頭が上がらない。

しかし同時に、このツイートの反応を巡り、わたしには違和感が残った。
「ここまで外国で尊敬される日本人がいることが誇らしい」
「こうした活動こそが、平和につながる」

もちろん、そうした声を否定するつもりは全くない。
だが、そもそもアフガニスタンではなぜ、中村さんが何十年も活動を続けなければいけない状況が続いてきたのか。
このことに、あまりにも注目が寄せられてこなかったとわたしは思う。


今日は、アフガニスタンで平和教育に取り組むアジマールさんのお話をもとに、同国で起きていることや、日本のわたしたちとのつながりを考えてみる。


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「アジマール、33歳。戦乱のアフガニスタンを生きて」

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夜風が肌寒い、2019年11月1日の金曜日。
東京都新宿区の常圓寺で開催された講演会、「アジマール、33歳。戦乱のアフガニスタンを生きて」に参加した。


お話をしてくれたのは、アジマール・クラムさん。普段はアフガニスタンのジャララバードに暮らし、現地のNGO「YVO (Your Voice Organization)」で識字教育や平和教育などの活動をしている。


アフガニスタンのいま

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きっかけの一つは、2001年に発生した911事件。
ブッシュ米大統領は、事件を首謀したアルカイダのビンラディン容疑者を匿っていたとして、当時のアフガニスタンのタリバン政権に身柄の引き渡しを要求。
これにタリバンが応じなかったため、「テロとの戦い」の名のもと、米軍による軍事攻撃が始まった。

タリバン政権は数ヶ月で権力の座を追われ、米国の支援による暫定政府が成立した。
だが、タリバンはその後もパキスタン国境付近に潜伏。自爆テロ攻撃などにより、2005年ごろより再び勢力の拡大を始めた。

アフガニスタンの軍やそれを支援する米軍は、これに対抗。2014年までは国際部隊も駐留していた。だが、今日までこの紛争は19年以上、終わりを見せいていない。
近年はIS勢力の台頭も見られ、事態は混迷を極める。

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BBCによると、アフガニスタンで2019年8月の1ヶ月の間に、紛争関連で命を落とした人の数は2,307人
毎日、74人が亡くなった計算だ。


紛争の影響は、犠牲者の数だけで語ることはできない。
「教育や医療へのアクセスが困難」とアジマールさんは話す。昨年の夏は、干ばつにも苦しんだという。

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トランプ米大統領は2020年2月、タリバンとの間で駐留米軍を段階的に撤退させることで合意した。
アフガニスタンで米軍の駐留にかかってきた費用は、2019年までに7,500億ドル以上。合意の背景には、かさむコストや「戦争疲れ」もある。

だが、米軍撤退が平和に直結するかは疑問だ。
米軍の軍事作戦に巻き添えとなり、アフガニスタンでは市民が多く犠牲となってきた。アジマールさんも、市民感情としては「アメリカに責任があると考えている人が多い」と言う。
一方、2014年にNATOの国際部隊が撤退してから、タリバンの支配地域は拡大。アフガニスタンの軍には、タリバンと戦うために必要な物資や能力は足りていない。


アジマールさんの「日常」

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こうした環境の中で、アジマールさんはどのような暮らしを送っているのだろうか。

1日は、朝5時に始まる。
起きてすぐにお祈りをし、その後は朝食、そして身支度。コーランの購読もしているという。
「アフガニスタンでは、男性が家事をするのは恥ずかしいというイメージもある」というアジマールさん。それでも毎朝、3人の子どもたちの学校の準備の手伝いなどをしていると話していた。
7時に出勤するまでの2時間の間に、たくさんのことをこなす日々だ。

家からNGOの事務所へ出勤する際には、自動車に爆弾が仕掛けられていないかを確認することが日課だという。

何百万人ものアフガニスタンの人びとが毎日、自分の車に爆弾が付けられていないか、無事に帰ってこられるのか、不安に思いながら暮らしている。自分もその一人だ

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アジマールさん自身も、紛争に巻き込まれてきた。

2018年6月、アジマールさんの暮らす街の教育局の事務所で襲撃事件が起きた。
犯人は事務所内の人を人質にとり、1人ずつ殺していったという。ISISによる犯行だった。
「教育に関与していたというだけで、狙われたんだ」

18人の犠牲者の中には、アジマールさんのおじと義父が含まれていた。

今回、事件の記事を探そうとしたが、同時期に同じような襲撃が何度も起きており、特定することができなかった。


耐えがたいよ
そう語るアジマールさんの目には、涙が浮かんでいた。


だが、アジマールさんが大切な家族を失ったのは初めてのことではなかった。

自身が暮らす場所のすぐ近くでテロ事件が発生した、2016年1月。
その日はちょうど、生後6ヶ月の息子が体調を崩していたという。アジマールさんは息子を病院に連れていこうとしたが、道路が封鎖されていた。
やっとの思いで着いた病院もテロの被害を受け、医者含め誰一人いない状態だったそうだ。
アジマールさんの息子は、医療を受けられずに命を落とした。

僕の悲劇は、ほんの一例


報復ではなく、平和を

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「大事なものが奪われる生活。それでも、報復ではない選択をしている」
そう語るアジマールさんが活動するNGO「YVO (Your Voice Organization)」では、成人識字教育と平和教育を実施している。


識字率が3〜4割だというアフガニスタン。文化や治安上の問題から、女性の場合、この数字はもっと低いという。
そのためYVOでは、女性に対する識字教育を重点的に行っている。受講者の男女比は1:9。小学3年生くらいの読み書きと算数を勉強する。


「ピースアクション」と呼ばれる平和教育は、主に学校に通う生徒たちを対象とした活動だ。国同士の問題もあるが、まずは兄弟間や学校など、身近な場所での暴力をなくすことに取り組む。

若い世代は武装組織のリクルートの対象にもなりやすい。アフガニスタンは、暴力に手を染めることが容易な環境にある。
ピースアクションのワークショップでは、けんかなど身近な場面で暴力に発展しそうな時に、どう対処すれば良いのかを学ぶ。参加した生徒が実際にけんかをした時の話を振り返る時間などもあるという。


その他にも、YVOの活動は多岐にわたる。
例えば、村同士の訪問交流。治安の悪い地域の住民らを治安の良い地域に招き、違いを考え、話し合うというものだ。
子どもたちに絵を通して「守りたいもの」を表現してもらい、お互いに話し合うワークショップなども企画しているという。

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YVOの活動の特徴は、地域の一人ひとりが平和のための役割を担うように働きかけることだ。
自分たちが平和を作ることができれば、世界にも平和がもたらされる」とアジマールさんは思いを語る。

願いは、生きている間に祖国の平和を見ることだという。
わたしたちが続けなければ、"彼ら"が力を持つ。ただ殺されるくらいなら、活動を続けるほかない。息子の死を無駄にしないよう、銃ではなく、活動で


アジマールさんの声に、どう応えるのか

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「日本からどういう支援をすればいいか」という講演会の参加者の質問に、アジマールさんは「わたしたちのことを1人ぼっちにしないでほしい。関係を続けてほしい。日本は友好国の一つだ」と答えた。

冒頭のツイートへの反応に感じた違和感は、ここにあった。

わたしたちは日本人が関わる時だけ、アフガニスタンのことに目を向けていないだろうか
それ以外の時に、アフガニスタン、そしてそこに暮らす人びとを「一人ぼっち」にしてしまっていないだろうか

表現が難しいが、アフガニスタンの人びとの痛みや苦しみは、中村哲さんを「ヒーロー」に仕立てるためにあるわけではないはずだ。
むしろ考えるべきは、中村さんが活動を続けてきた背景にある暴力であり、現状を変えようとするアジマールさんのような人たちの声に、どう向き合うかなのだと、わたしは思う。


もちろん、大口を叩くわたしにできることも、大きくはない。
それでもアジマールさん、そして中村さんへの敬意を込めて、この記事を書くことを選んだ。
「1人ぼっちにしないで」という呼びかけに対する、わたしなりの「応え」として。


出典・参考

朝日新聞デジタル「アフガン紛争、なぜ終わらない? 重要論点オールまとめ」(2020年3月29日取得).

朝日新聞デジタル「米とタリバーンの合意、どうなる?5つのポイントで解説」(2020年4月3日取得).

朝日新聞デジタル「(ひと)サビルラ・メムラワルさん アフガニスタンで対話による平和を目指すNGO代表」(2020年4月3日取得).
→アジマールさんの活動するYVOの代表を取材した記事です。


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米軍のアフガニスタンでの軍事攻撃に対して、当時の小泉純一郎首相が支持を表明したことを記憶している人もいるかもしれない。

では911の後、日本で難民申請をしていた9人のアフガニスタン人に対して、入管が一斉摘発と収容を行ったことを知っている人は、どれくらいいるだろうか。

当時、弁護団の1人だった児玉晃一弁護士は「通常行われる非正規滞在の摘発とはちがって、ものすごい数の機動隊に取り囲まれたと本人たちから聞いています」と話している。

わたし自身、この事件を知ったのはつい最近のこと。「知らなかった」ということに、ショックを受けた。


そして、あるできごとを思い出した。

中村哲さんのご遺体が昨年12月に福岡の空港に到着した際、約40名のアフガニスタン出身の人びとが出迎えた。
「守れなくて申し訳ない」という横断幕も掲げられていたそうだ。

「アフガニスタン人」と大きな主語で語るのが良いかという問題もあるかもしれない。
でも、あまりにもわたしは同じ熱量を持って、アフガニスタンのことに向き合うことができていないと感じた瞬間だった。

いつもながら、今回も「書くこと」の背景には自戒の念があることを強調しておきたい。


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