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雑感記録(234)

【僕に小説は書けない】


ここ最近、小説について考える機会があった。

キッカケは単純な話だ。先日の記録でジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』の間に阿部和重の対談集を読んでいると書いた。この対談集を読んでいるのだが、僕はそれを読み進めるごとに「小説とは何だろうか」と段々と小説そのものが何だか不思議な存在として僕の目の前に立ち現れる。それは単純に僕がここ最近の小説について触れておらず、過去のある意味で「文学」というものが隆盛を極めていた頃の作品ばかり読んでいることもある。

それで阿部和重の対談集を読んでいるとそういった僕の知らないような最近の(なのか分からないが、いずれにしろ僕があまり触れ得ないような)小説の名前や考え方が色々と飛び交い面白かった。そんな中で1つ気になる対談があった。作家の赤坂真理との対談だ。少し引用したい。

阿部 ……それまでは自由にやっているように見えて、規範みたいなものに縛られて書いていた人のほうがむしろ多かったのではないかと思うんです。いま出てきている人たちが、たまたまそういう規範を気にしないでやっている人たちが多いというか、一挙にまとまって出てきたように見えるので。「九〇年代作家」がいきなり登場したみたいに言われているような感じだと思うんです。実際見てみると、わりと違うジャンルから入ってきて作家をやっている人が多いということで、非常にわかりやすい図式だとは思うんですけれども、外にいた人のほうがむしろ、そのジャンルの本質というか、より自由な部分よいうのを積極的に活かして書いていると見られている。

阿部和重×赤坂真理「ライド・オン・ザ・ロマンスカー」
『阿部和重対談集』(講談社 2005年)
P.76,77

これを読んだ時に、僕は何かハッとさせられた。確かに最近の小説を書く人というのはそれを専門にしているという訳ではどうやらなさそうだ。勿論、専業作家も居るのだろうけれども、聞かなくなったなとも思う。それではたと思い出されたのが、2018年下半期の芥川賞である。その時は上田岳弘と町屋良平が同時受賞。僕はその時のニュースの場面が思い出される。記憶が曖昧なのだが、上田岳弘は会社の経営者だったはずで、町屋良平も会社員であったはずである。今はどうか知らないが、当時は確かそのような報道がされていた。

阿部和重のこれを読んだ時にその記憶が断片的にだが思い出された。その時の衝撃というか、これもどう表現するべきか迷うのだが、難しい。ただ、この当時僕は文学部にまだ在籍中で、一介の文学部生であった訳だ。生活の大半を文学、とりわけ日本近代文学について費やしていた。勿論、それだけでは不十分。文芸批評や哲学にも集中的にも傾倒していた。最近のというのが実際どこまでの作品を指すかは曖昧なのだが、そこにまで手を出す余裕がなかった……とただの言い訳だ。読まないだけの。

だからこの時の衝撃というのは未だに残っている。昔の作家たちは文章を書くということが専門であり、仕事であり、そして常に文章と向き合いながら生活していた訳だ。だから、と言ってそれが理由になるのかどうかは定かではないが、それなりのクオリティの高い作品を生み出していた訳だ。当然と言えば当然のことかもしれない。自己の言葉や文章を高め、多くの読者を獲得すること。日本の文化レヴェルを向上させること。そして生きていくこと。そういう時代だった訳だ。

ところが、現代というのは小説で飯が食えないということが判明する。これは社会情勢や経済の様々な変化ということもあるはずだ。メディアの発達なども当然にあるだろうし、ここでは詳細に触れることはしないけれども、ありとあらゆる要因によって小説の市場というのも変化している。文化も当然に変化してきている。だからこういう事情があってもおかしくはないのかなとも思ってみたりする。


僕が1番喰らったのは、小説を専門にしてこなかった人たちの方が今では小説市場の主流になってきているという所だ。つまり、小説などを真面目に学んできている人の方が小説を書けないという現状があるのではないかと僕には思う訳だ。これは実際、僕も痛感している所がある。

過去に1度、いや何度も。小説を書いたりしている。だが、実際に最後まで書ききれた作品はそのうちの1つしかない。何とも恥ずかしい話だが。それで小説を書いている時の自分を思い返してみた。その時に阿部和重の先の引用に合った通り小説の「規範」みたいなものに囚われているというのが身に染みてよく分かる。その「規範」がいつも邪魔をしてしまい、気持ちよく書くことが出来ないでいる。1行1行書くたびに躓き、書いては消して書いては消して…。恥ずかしい話だが、たった1行書くのに1日考えたことなど何度もある。

例えばだが、これはまあ有名な話だ。

「私は食べる。」
「私が食べる。」

という文章があった際に、この文章の違いに気付けるかどうかというのはかなり大事になって来る。所謂「距離感」の問題である。「私が食べる」というのは、つまりこの文章を書いている人間とそこに書かれている行為との同一性が高い。距離的に書き手とこの書かれた「私」はほぼゼロ距離である。だが一方で「私は食べる」というのはどこかこの文章の書き手が俯瞰した所で「私」というのを書いている。つまり単純に書き手とこの私には距離がある訳だ。助詞が1つ異なるだけでもその語りは如何様にでも変化するのである。小説を書くにはこのぐらいの感性が重要である。

しかしだ。こればかりに囚われていると書けるものも書けなくなる。助詞1つに拘ってばかりいたら進むものも進まない。あとは例えばだけれども、文末をどうするか。過去形にするのか、はたまた現在形にするのかで大きく異なって来る。小説のスピード感なども変化してくる。たかだか1文だが、されど1文である。通常の文章ではそこまで考えないけれども小説ともなるとそうはいかない。

もっと言ってしまえば、小説はある種の別の世界な訳だ。言葉で世界を創出するという壮大な試みでもある。単純にだが小説が1つの世界だと考えるのならば様々なことを考えなければならない。例えば世界を構成しているものは「自然」「時間」「人間」などありとあらゆるものである訳だ。これは僕等が生きている世界を考えれば至極当たり前のことである。当たり前の世界では気付けない何かを創出すること、あるいは何かの背後に隠れて見えなかった何かを顕在化させることがある種の小説の役割でもあると思うのである。

「時間」という問題は個人的に特に難しいなと思う。これは過去の記録で何度も書いているが小説の速度という問題にも関わる。ただ文末を変えればいいのかという訳でもない。あるいは「それから〇〇時間後」と書いて速度感を速める、はたまた回想を入れて過去に遡るなど方法は多岐に渡る。だが、これを考えてばかりいては先に進まない。しかも、読者と作品との関係性で考えだしたらそれこそキリがない訳だ。

なまじ僕のように中途半端に文学にのめり込んでしまったが故に、余計にドツボにハマってしまっている。そんな感じがしてしまう。それに批評、とりわけ文芸批評ばかり読んできているので、考えがそちらに寄ってしまうのである。そうすると自分自身で「いざ、小説を書こう」となっても書き出してみたは良いものの、小説の「規範」みたいなものにがんじがらめになってしまい手も足も出なくなってしまうのである。


このように考えると、確かに阿部和重が指摘するように小説についてある意味で門外漢の人たちがやった方が良い気がする。中途半端に変な知識をつけてしまうとそれが邪魔をして書けない。だから最近の小説でそういう勉強をしなかった人たちの作品が多く読まれるというのも分かる気がする。そして小説市場がそういう人々によって担われるというのはどこか喜ぶべきことなのではないか。新しい風が日本の伝統的なものを新しく発展させていく、市場を拡大していくという点では良いのかなとも思えて来る。

僕は過去にリカルドゥーを引用した。文学とは何か、また文学の役割とは何であるかということを書いていた。こういうことを考え出したらもうキリがない。確かに読み手側としても大切な姿勢だし、書き手側からしたらもっと大切なことだ。しかし、これらばかりを気にしていたら本来的な自由というか、言葉の本質からドンドン遠ざかっているような気がした。

勿論、小説を書くにあたってある程度のお作法は知るべきだ。様々な作品を読んで様々な言語を知り、様々な理論を知るということは大切である。しかし、それを鼻で笑うぐらいの気概があるかどうか、覚悟があるかどうかというのがある意味で試されているのではないのかと僕には思われて仕方がない。

赤坂 私は言葉について考えたはじめが英語で、英語をソリッドな言語とすると、日本語って、なんていうか、フリュイドと思った。文法が、ありそうでなくて、なさそうで慣用的な決まりだけあったりして、リゾーム状。だから特に、日本語で書くんなら、なんでもありでしょうという思いがある。それがむしろ日本語の本質に近いと思うことすらもあるし。

阿部和重×赤坂真理「ライド・オン・ザ・ロマンスカー」
『阿部和重対談集』(講談社 2005年)
P.76

このぐらいの、つまりは「日本語で書くんなら、なんでもありでしょう」というような気概で臨めればと思う。しかし、僕には難しい。悩ましいところであり、いつも苦しい所である訳だ。哲学や批評などを中途半端に学んでいると良くない。それらは結局のところ、「読み」に特化していても「書く」ということには特化していないような気がする。考えることは得意でもそれを文章にするということは難しい。

だから僕はニーチェが羨ましい。あれほど文学的なというか、芸術的な文章を書けるのにも関わらず、ニーチェの思考が前面に出ている。あれは本当に凄まじいものがある。初めて読んだ時は圧倒されたものだ。そしてそれと同時に「敵わないな」とも思う訳だ。しかし、それはある意味でニーチェだから出来ることであって、僕は僕のやり方があるはずだとも思う。

実は僕の小説を書こうと思ったキッカケがニーチェの『ツァラトストラ』に触発されたところが大きい。ああいう文章が書ければと思っていたが、僕にはそれ程の思考力もないし、先にも書いたように小説の「規範」みたいなものに縛られ小説を書くこともままならない。それで色々と試した結果として辿り着いたのがエッセーみたいに書けるこのnoteだったという訳である。

少し話が脱線してしまったが、僕には小説は書けない。

阿部和重の対談集を読んでそれを痛感した。僕は最近の小説を読めないと過去に何度も書いているのは結局のところ、僕のプライドみたいな所もあると冷静に考えて思う。いや、むしろ嫉妬なのかもしれないな。いや、確実にそれだ。僕は最近の小説に嫉妬している。正しくそれである。それは先に書いたことと反復してしまうが、小説とは無縁の人の方が小説が書ける。そして小説を真面目に勉強してきた僕が書けない。悔しいけれどもこれが現実である。

しばしば、「努力すれば夢は叶う」「それでも諦め続けなければ大成する」というように言われる。あらゆる物事に於いてそういうことを言う人が居る。確かにそうであるとも思うが、自身の信頼してきた小説というものが同じ小説によって潰された時、自身の信頼してきたものが意味をなさず、何の役にも立たずに破壊されてしまったと気付いた時、それでもそれを言うのかと?とは思う訳だ。


それで他の方向を目指そうとして辿り着いたのがこのnoteである。

ある意味で小説のようにナラトロジーなどを気にせず、思いのままに書きたいことを書ける場所がここにはあった。小説というものに拘る必要も無いのかなと考えてしまう。それは出来る奴に任せればいい。だが、それなりに学んできた僕がこの場でやいのやいの言っている方が性に合っているような気がしなくもない。

だから僕は小説を書く気が何だか失せてしまった。時折、詩はちょこちょこ書いたりしている訳だが、別に誰かに見せる訳でもなく、ただ「書けた」ということそれ自体に満足している。自分のこんな汚い作品をお金を払って見てもらう価値など無い。だから無料でnoteに記録を残し続けることの方が僕にとっては丁度いいのかもしれない。今更ながらにして僕は自分自身の身の丈を知った。

小説。最近の小説を読もうとは僕はそれでも思わない。というよりも、そもそも小説自体に興味関心が薄れてきてしまったというのも事実である。だから最近はめっきり小説を読まなくなった。読むのは哲学や批評、詩やエッセー、対談集ばかりを読んでいる。それはそれで構わないかなとも思う訳だ。そうしてそれについてこのnoteという場であることないこと書いて自分自身が満足できたならそれでいいのだ。

だから、僕は永遠に小説が書けない。

書ければなあと思うのだけれども。どうしたものか。

よしなに。

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