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能面作りはまさかのココから!? 

脚本のネタ探しに能面師さんを取材に行って、その日そのまま入門してしまった私。

「ほな、やりましょか」と、小柄で白髪ショートボブの先生が高くてか細い少女のような声でおっとりとおっしゃる。

教室を見回せば、60代、70代と思しき生徒さん達が静かに作業中。花かつおのような削りかすを足元に積もらせ黙々と彫る人や、真剣な面持ちでゆっくりと細筆をすべらす人。こういう感じ、嫌いじゃないです。いや、むしろ好き。

私はと言えば、もちろん全くのド素人。でも、まぁきっとなんとかなるでしょう。


「はい、コレな」と渡されたのはぶ厚い材木。

能面作りはここからスタート。


え? ここからですか?

「あと、コレとコレと・・・」と、次々と手に握らされたのは、ナタに木槌にノコギリ。なんか想像してたのと違うんですけど・・・。


「ここんとこを、パッカーンと一発でいってな」
室内ではできないからと外に連れ出された私は、材木の指示された場所にナタをあてがい、まさに木槌を振り下ろすところ。材木の角の余分なところをまずはナタで落とすのだ。

蝉の声がうるさいが、今から打ち下ろそうとするナタの一点に神経を集中させる。「カーン!」とそれなりに大きな音が響いたものの、蝉は我関せずで鳴き続けている。「一発で」と言われて、狙いを定めて思い切りよくいったつもりが、刃は木の半分ほどのところで止まっている。

ナタを持つのも生まれて初めて。「刃が内側に入ると必要なとこまで割れちゃうから気をつけて」などなど注意事項を受けた後では、思い切りと恐る恐るがせめぎ合い、恐る恐るの気持ちの方が勝ってしまったようだ。

中途半端にナタが刺さったまま動かない。困った。まさに抜き差しならないとはこのことだ。どうしましょうと、先生に目で訴える。

「ほい。もう一回やってみて」
先生の声に促され、刺さったままのナタにさらに二度、三度と木槌を振り下ろす。ようやく下まで到達。ハァー、できた。たったこれだけのことで、大きく息をついてしまう。

「ほら、割れた割れた。ほな、反対も」
次は反対の角に慎重に刃をあてがう。

「今度は一発でパッカーンといってな」
ハイ! 今度こそ。加減をし過ぎても上手く割れないということがわかったので、渾身の力を込めて振り下ろす。エイヤッ!

・・・あれ? 

またしても中途半端なところで刃が止まった。おっかしいなぁ。今度はかなり力いっぱいやったのに。うーん、何かコツがあるのかしら? とりあえず、力まかせもダメなのはわかった。カンカンとまた何度も打ちつけ、ようやく下まで落とせた。


「よっしゃ。次はコレな」
次はノコギリに持ち替え、顔の輪郭の外側部分を切り落とす作業。これがまた大変だった。厚み8センチほどもある材木。片足で木材を押さえつけ、両腕でノコを一生懸命に引くのだが、一向に切り落とせない。

「頑張ってなぁ」と、先生はエアコンの効いた室内へ。
あとはひたすらシャコシャコと私のノコギリを引く音と蝉の鳴き声の二重奏。玉のような汗が噴き出て、押さえつけた足下の木材にもポタポタと落ちたしずくでしみができる。

ハァー、しんど。能面つくるのがこんな重労働だなんて聞いてませんよ。噴き出る汗を腕でぬぐう。普段、ひたすらパソコンの前でカタカタと文字を打っているだけの私。インドア派でじっと椅子に座って同じ作業を黙々とするのが好きな私に、この作業はアクティブ過ぎます。


ようやく作業を終え、部屋に戻ると、「次、コレな」と渡されたのは、ノミ。これまた手にするのは初めての代物だ。今度はノコギリで荒く落としただけの顔の輪郭を出来上がり線通りのキレイな形にして、側面が底と垂直になるようにするのだそうだ。

それを「お弁当箱にしてね」と先生は可愛らしい言い方でおっしゃる。お弁当箱目指して、ノミを当てる。思いのほか容易く削れた。サクッとした切れ味が子気味いい。これはいい。

「よう切れるから、指切らんようにな」と言われたそばからやってしまい、流血。


中央は、ナタで角を落としたところ。右は顔の輪郭をとって「お弁当箱」にしたところ。


お弁当箱になったら、裏側をくり抜く。足で木材を押さえつけ、叩きノミを木槌でカンカン、カンカン打ち続ける。

ちなみに、この裏を丸くくり抜いておくことで、木に残っている水分を蒸発しやすくさせるのだそうだ。そうしておくことで、ひび割れなどが起こりにくくなるとのこと。

最初は遠慮がちだった叩きノミを打つ音が、少し要領が掴めてくると音にリズムが出てきた。リズミカルなその音に鼓舞されて、木槌を振るう手が勇ましくなってくる。いい音だ。


「今日はこれくらいにしとこか?」
顔をあげると、みな後片付けを始めている。もう教室の終わりの時間だ。

数時間かけた初日の作業はひとまず終了。まだ顔にもなっておらず、先は長そうだ。今日の成果は、中身をくり抜いたお弁当箱。それから、血の滲んだバンドエイド、大きな水ぶくれ、筋肉痛の予兆。

「随分と楽しんではったなぁ」
ハイ! 楽しかったです!


今まで知らなかった世界に飛び込んで、知らないことがあるということを知り、経験したことのないことを経験して。そうしたら、またそこから知らないこと、わからないこと、できないこと、考えてみたこともないことがたくさんあるのを知れた。

これからまだまだ色んなことを知ったり、わかったり、わからなかったり、できるようになったり、できなかったりするんだなぁ。

「ほんま楽しそうやねぇ。次はいつ来る?」


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