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高山明/Port B「光のない。ーエピローグ?」シアターコモンズ'21:新橋の街中でラジオ片手に東日本大震災と福島原発事故の戯曲を聞く

演出家・アーティストの高山明(たかやま・あきら)さんが2002年に結成した創作ユニットPort B(ポルト・ビー)によるツアーパフォーマンス。

2011年3月11日の東日本大震災と福島原発事故。2012年3月、オーストリア出身のノーベル賞作家エルフリーデ・イェリネクがそれらを取り上げた戯曲『光のない。』を発表した。そして半年後に、高山明/Port Bが同戯曲を新橋駅周辺でのツアーパフォーマンスとして上演したという。

震災から10年がたつ今年、「シアターコモンズ'21」のプログラムとして実施されたのは、その再演だ。

日時で予約した参加者は、到着順に、一人ずつ5分ごとにツアーに出発する。スタート地点は、新橋駅すぐ近くの「ニュー新橋ビル」。昭和の香りが濃厚に漂う商業施設だ。ビル内に設置された受付で受け取るのは、封筒に入った10枚のポストカードと、携帯用ラジオ(イヤホンは貸し出しもしているが持参可)。

ポストカードには、福島の原発事故を写す写真、その裏には、歩くルートが示された新橋の街の地図と、各所で聞くラジオの周波数が記されている。書かれたとおりの場所に行くと、ポストカードの写真やその映像が掲げられており、ラジオで周波数を調整すると、2012年当時のいわき総合高校演劇部の女子高生たちが戯曲を朗読する声が聞こえてくる。

日が落ちてからごみごみとした見知らぬ街を、地図を見ながらひとりで巡るなんて、道に迷うのではないか、と心配していた。しかし、最初の方のルートで、ビル脇の小さな広場を突っ切ったところで一瞬道順を見失いそうになったが、正しい道を見つけ、その後はほとんど戸惑うことはなかった。地図がわかりやすく、ちゃんとすべてのルートを回れるようになっている。

高山明Port B「光のない。ーエピローグ?」シアターコモンズ'21_新橋の飲み屋街

夜の新橋の街で、巨大な東京電力本社の前を通り、小さな飲み屋が連なる界隈を分け入っていく。おいしそうなにおいが漂い、いわゆる「いかがわしい」店ばかりの地区もある。イヤホンを耳にさして通り抜けても、誰も私には見向きもしなかったので危険は感じなかったが、最後の方の空きアパートみたいな場所は少し怖かった。スタッフもいないし、誰でも入ってこられる状況で、中に入ればドアは閉めてしまうので。

昔ながらのラジオから聞こえてくる言葉は、津波、原発、除染、そしてそれらに巻き込まれた、関わった人々や土地、海について。私たちが日々大量に使っている、電力について。

機械の中で再生される音声ではなく、目には見えないけれど空気中に発散されている電波を、指で細かく一生懸命チューニングしながら「受信」して、電波状況によっては途切れたりする声に耳を澄ませるのも、このパフォーマンスの趣旨を表しているのだろう。

福島から「遠く離れた」東京で、「関係のない」生活を送っていると思いがちな、いやむしろ震災と原発事故を思い起こすこともないツアー参加者が、10年前の過去と、まったく過去にはなっていない現在進行形の問題や人々の苦しみ、悲しみに思いをはせる仕掛けになっている。

しかしもちろん、そういう「きれいな」コンセプトに収まっているだけの作品ではない。

夕暮れから夜に移り変わる時間。帰りを急ぐ人、飲んで盛り上がる人の中を足早に、時に足を緩めて、歩き回る。お酒に合いそうな濃い味付けの料理の香り。何を待っているのか、退勤後にビジネス街の広場に点在する人々。耳の中のイヤホンのはまり具合と違和感。声が流れていない時間、イヤホンを装着したまま、膜1枚を隔てているように思える、周囲を行き交う人々や景色。普通のFMラジオ番組の間にひそんでいる、感情を抑えているのに心臓に飛び込んでくる言葉と声。外国の街にいるかのような、風景の発見の連続。一瞬一瞬エネルギーをむさぼり食い、それを生み出す資源と労力を考えもしない自分の姿。

そうした感覚が迫ってくる、まさに今、体験したい演劇。演劇とは思えない、日常の隙間に入り込んできた、一人なのに一人ではない、研ぎ澄まされ、同時にじっくりと味わう散歩。

あの2時間を、私はきっとずっと忘れないだろう。

高山明Port B「光のない。ーエピローグ?」シアターコモンズ'21_ニュー新橋ビル

作品クレジット

構成・演出|高山 明

作|エルフリーデ・イェリネク
翻訳|林 立騎

声の出演|いわき総合高校演劇部(2012年当時)
青木 愛、飯島もも、沖崎美菜、片寄真亜也、鎌田彩音、桜井智恵理、鈴木ゆうか、田中 涼、千色和希、新妻宏恵、西田 藍、原田麻穂、松本芽生、屋代七海、渡辺真衣、渡部若菜

デザイン|阿部航太
地図制作|野村健太郎
演出助手・制作|田中沙季
制作アシスタント|中島百合絵

写真監修(初演時)|土屋紳一

協力|ニュー新橋ビル商店連合会、ニュー新橋ビル管理組合、港区、石井路子、いわき総合高校、港区生涯学習センター、神山産業株式会社、曽根藤樹

2012年初演版製作|フェスティバル/トーキョー、Port B


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