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スクールソーシャルワーカーを目指すまで

教員を退職してから、私はある会社で働きました。

その会社は、障害のない社会をつくることをビジョンに掲げ、『障害は、人ではなく社会の側にある』という考えを大切にしていました。


この考え方、私はとても好きでした。


障害のある人自身を変えようとするのではなく、その人が生きる社会(環境)を変えよう、という考えです。

障害のある人や生きづらさを抱える人に対して、「生きづらいんだったら身内でなんとかしてね」「周りに迷惑かけるなら社会に出てこないでね」「社会に出るなら周りと同じようにしてね」と、日本の社会は言い続けてきました。

それが、ほんのここ数年ではありますが、共に生きようとする社会へ変わっていったのだと、このビジョンから感じることができました。


私自身は、障害者に対して特別な感情を持ったり、何らかの活動をしてきた訳ではありません。

ただ、教員をしていて「今ある教育制度にすべての子どもを合わせる教育なんておかしい」と、ずっと感じていただけです。

その子どもに、(障害者手帳を持っている、という意味での)障害があるのかないのか、というのは関係のないものでした。

教育の仕方が先にあって子どもをそこにはめるのではなくて、まず子どもがいて、その子に合った教育が受けられる環境だったらいいのに、と思っていました。


私が働いていた会社は、それを実現しようとしていたのです。

それも、“学校”という場所に限定せず、”社会”という場所で。


私が関わっていたのは、発達に遅れや偏りのある未就学の子どもとその家族であり、時には保育園や幼稚園、小学校に出向き、先生方と関わりを持つこともありました。

子ども自身がどんなところに生きづらさを抱えているのか、どんな環境だったら自分らしく幸せに過ごすことができるのか、職員みんなで考えました。

支援をするにあたっての既存の枠というのはほとんどなく(もちろんできないこともありますが)、まさに一人一人に合った支援をすることができました。

そんな中、特に悩むことが多かったのが、次年度に小学校入学を控える年長さんとその家族との関わりでした。


小学校入学の前、発達に遅れや偏りのある子どもの多くは、「就学前相談」に行きます。

そこで教育委員会の職員と保護者で話し合いをしたり、その子自身の様子を見て、特別な支援を必要としているのかどうかや、進学する学級や学校を決めます。


例えば、45分間着席した状態で授業を受け、内容を理解することが難しい子ども。その子にとっては、どの学級に在籍することが良いでしょうか。


色んな子と関わりを持てた方がいいから、普通級?

その子のペースで学習ができた方がいいから、支援級?

それとも他の選択をする?


45分間着席した状態で授業を受け、内容を理解することが難しい子ども。と一言で言っても、その子自身がどんな子なのか、情報がもっと欲しいところ。保護者の意向も、その子自身の意向も、もちろん大切。学校の体制も気になる。そして同じ学級にはどんな児童がいるのか、も。


そう。こんなタイプの子どもはここ。なんて選択、できないんです。

そして、選択肢はとても少ない。


経済的に余裕があり、いくらでもお金を出せる家庭であれば、その子に合った教育が受けられる学校を探し、その近くに引っ越し、子どもはその学校に通うことができるでしょう。

ですが、多くの家庭では、そんなことはできません。


子どもが学校に行くことは義務ではないので、行かなくでもいいのです。

でも、その子に合った教育を受ける権利が保障されていないのは、この国の大きな問題ではないでしょうか。


その会社に勤めながら、一人一人に合った支援ができると感じた一方で、私はそこでも学校の壁にぶち当たることになりました。

過去に教員を経験していた私は、親御さんから学校の教員に対して不信感を抱いた、という話を聞いた時、なんとも言えない気持ちにもなりました。

その教員がどんな想いを持っていたのかはもちろんわかりませんが、学校現場にいる教員として、一人一人に合った教育をすることの難しさは十分すぎるくらい感じていたからです。


教育現場から離れた場所であれば、確かに目の前にいるその子に合った教育ができる。それこそ、私がいた会社はまさにそれを大切にしていたので、私にとってはとても心地よい場所でもありました。


けれど、多くの子どもは学校という社会で生活することになります。

子どもにとってのその社会は、今もほとんど変わっていないのです。


障害は、人ではなく社会の側にある。


まさに、子ども自身ではなく、学校の中にはまだ障害がたくさんあるのです。それは、子どもや保護者にとっての障害であり、先生にとっての障害でもあるような気がします。


私がいた会社は、学校へのアプローチも新規事業の中に含んでおり、徐々に学校現場は変化していることも知っていました。そこに私が携わるという道を選択することもできました。

でも、その選択はしませんでした。


上手く説明できませんが、私は学校現場に戻りたかったのだと思います。

学校の先生がもっと働きやすくなるように、負担がもっと減るように、本来の力を発揮できるように。その為に現場にいたい。そんな想いを捨てきれずにいました。


学校で、先生と同じ立場で子どもやその家族と関われること

先生の負担を減らせること

子どもに合った教育ができること

子どもを変えるのではなく、環境を変えるアプローチができること

教員、児童発達支援に携わってきた経験が活かせること


それら全てを満たすことができる立場は?


それが、スクールソーシャルワーカーでした。


現在、私はスクールソーシャルワーカーとして働く為に必要な社会福祉士の資格を取るべく、勉強をしています。

平日夜、毎日5時間授業を受け続けるのは決して楽ではありませんが、授業の内容自体がとても興味深く、そして、スクールソーシャルワーカーに一歩ずつ近づいていると思うと、全く苦ではありません。

資格を取得する為には、試験を受けて合格する必要があります。

既にソーシャルワーカーして働かれている方と、試験対策の話をしていた時、その方はこう言いました。



「この問題の向こうに、待っている子どもがいる。そう思って解くといいよ。」



来年4月。私はどこかの学校でスクールソーシャルワーカーとして働いています。

私がなりたいのは、子どもはもちろん、教師を助けることができるスクールソーシャルワーカーです。

最後までお読みいただきありがとうございます(*´-`) また覗きに来てください。