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憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の二十三

※其の二十二からの続きです。気軽にお付き合いください。



 「始め!」

準備運動もそこそこに日野ひの四日市よつかいちの勝負が始まった。アップ(基本稽古)もしていないので、互いに条件は同じ。ひかりは鼻血を止めるため、日野が先に勝負を代わってくれた。

「イヤァーー!!」

日野がじっくりジワジワ間合いを詰める。四日市がどんな動きをするのか想像もつかない。もしかしたら竹刀を投げつけて暴れまわる可能性も考えてはいたが、さっきの目を見てそれはないと私は確信している。

「キイェェェーーー!!!」

互いの剣先が触れ合い、触刃の間しょくじんのま(竹刀の先端が触れ合う間合い)で攻防する。気の戦い。心の読み合い。日野が交刃の間こうじんのま(打突する間合い)へと先に仕掛ける。バシン!と道場に強烈な音が響き渡る。

「コテェェーーー!!!」

日野の出ばなを挫く、出小手。四日市が見事に間合いを制した。

「コ、コテあり…!…!」

宗介そうすけも驚いたか少し噛む。四日市の白旗を滝本たきもと前田まえだも上げる。

(強い……)

1年生全員が思った感想だろう。

「に、2本目!!」

宗介の合図で2本目が始まる。同じようにジリジリと互いに読み合う。

(日野は先手を打つか)

私の予想通り、日野が先に仕掛ける。ガッと互いにぶつかり合い、鍔迫り合いの展開に持ち込むかと思われた。

カンッ!!

一瞬、四日市が裏から日野の竹刀を弾く。竹刀を弾かれバランスを崩してしまった日野のスキを逃さず。

「コテーー!!!」

四日市が下がってコテを打つ。引きコテ技だ。これも綺麗に決まる。

「コ、コテあり……」

男子3人も信じられないと言った感じで白旗を上げる。先に言っておくが、日野は弱くない。背丈は他の者に比べるとやや低いものの、自分に合った剣道スタイルを熟知していて、それにてすばしっこい。かと言って八神やがみと同じくダイナミックな攻め方もしてくるので私は同じ1年生では一番やりにくい相手だ。

(おおよそ、40~50秒で決着か)

蹲踞して竹刀を収める姿勢も様になっている。何が四日市こいつをここまで変えてしまったのか。

「……おい、鼻血女。次、やらねぇのか?」

光がティッシュを捨てて面をつけようとする。もう鼻血は大丈夫のようだ。

月島つきしま。ちょっと待て! 先にあたしにやらせろ」

八神が光を制して四日市の前へと出る。

「胸ぐら掴まれた借りはここで返すぜ!」

八神はすでに準備万端。どうやら試合する気満々だったらしい。

「……華奢女か。いいぜ。今の奴じゃ準備運動にもならない」

2戦目は八神と四日市で試合をする流れになった。ストップウォッチを握りながら時間係の藤咲ふじさきは四日市の一挙手一投足を鋭く観察する。

(八神なら、日野の反省点を踏まえて仕掛けるはず)

そんな私の思いを巡り、宗介の「始め」の合図がかかる。

「イヤァー!! コテッ!! メン!! メンーー!!!」

いつもと同じように烈火のごとく攻める八神。始めこそ面食らったような動きを見せた四日市だが、徐々にペースを掴み始める。

(動きは八神と同じくらいか。いや、それ以上に……)

間合いの取り方が絶妙に上手い。八神が徹底的に攻めようとすると、四日市はその間合いをしっかり切る。八神が得意にしている攻めの展開に持っていけない。

(千葉県大会準優勝というのは本当だな)

四日市が仕掛ける。八神がしっかり防ぐ。そして八神が攻めて四日市が防ぐ。一進一退の攻防。

(八神と互角か。あるいは実力は藤咲にも近いか)

正直ここまでとは思わなかった。しかし。

「はぁ……はぁ……」

四日市が肩で息をし始める。剣道をずっとやっていなかった呼吸の仕方だ。最近の私がそうであったように。八神がここぞとばかりに仕掛ける。ところが。

(フェイクだ!)

思った矢先、八神がメンを放ったところを四日市の抜き胴が炸裂する。

「ドオォォーーー!!!」

バチン!と快心の音を立てて残心も文句なしに決める。

「ど、胴あり!」

男子3人が、またしても四日市の白旗3本上げる。2本目の合図と共に、藤咲が時間の通知を知らせる。結局、八神の1本負け。

「くっ、くそ!」

礼を終えた後、悔しそうな声を出す八神。

「馬鹿め。単純なフェイクに引っかかりやがって」

四日市が呼吸を整え、面金を通してもわかるぐらいの勝ち誇った顔で、八神に言い放つ。

「んだとぉ!」

食って掛かろうとする八神を日野が止める。

蓮夏れんか!」

息切れを起こしたように見せ、相手を誘い込む。実力が伴っていない者なら見落としがちだが、八神ほどの実力ある者はそこを見逃すはずがない。そして、勝負を急いだ八神は四日市の術中に見事にハマってしまった。完敗と言われても仕方ない。

「おい。もういいだろ鼻血女。あれほど私に言い放ったんだ。覚悟はできてるんだろうな?」

ひかりが準備を整えて四日市に正対する。

「鼻血女じゃない。私は光。月島光。日野さんと八神さんの借りは私が返す!」

ここまで力強く言う光を私は初めて見た。真っすぐな性格で優しい光。竹刀をないがしろにしたり、仲間を侮辱したりする四日市を許せないのだろう。互いに人睨みした後、コートに分かれて礼をする。光と四日市の試合が始まる。


                 続く

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