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こだわりのタイム ~100㍍準決勝の挑戦~

※前回より続きです。気軽にお付き合いください。



 都大会200㍍決勝戦は正に激走だった。勝負は残り数㍍までわからなく、奈織なおり二聖堂にせいどうの2人で競い合った。だが、最後の最後で二聖堂は奈織を振り切った。記録は25秒10で優勝。200㍍すべてを支配して走る。二聖堂の走りはそんな印象を与える。最後は1秒以上の差が開き、奈織はうつむき加減でゆっくり私たちの所へ戻ってきた。

「奈織……。200㍍準優勝おめでとう」

私は静かに語りかけるように奈織を労う。

「……勝てると思った。抜けると思った。……でも」

見ていた私たちでもそう思ったのだ。奈織も感じたはずだ。二聖堂に勝てると。

「勝てなかった。……抜けなかったよ。志保しほ……」

野乃花と同じく、奈織も全身全霊で挑み、最後は敗れた。力の抜けた奈織は体を私に預ける。

「……志保。ごめん。約束、果たせなかったよ。志保に怪我させておいて、約束も守れなかったよ……」

滅多に泣かない奈織の目から一途の涙がこぼれる。今度は私が奈織を抱きしめる。

「よくやったよ奈織。病院での約束守ろうとしてくれたんだよね。ありがとう」

野乃花も奈織も悔しいだろう。2人は去年の冬以降はほとんど休まず、練習を重ねてきた。2人とも都大会準優勝は立派だ。それでも陸上の天才、火浦ひうらや二聖堂には敵わなかった。間もなく100㍍予選が始まろうとしている。私も向かわなければならない。

「志保」

野乃花が私に最後の一言をくれる。

「こんな状態だけど、やっぱり志保には期待しちゃう」

晴れやかな顔で野乃花から言われ、他の部員からも励ましの言葉を貰う。

「やっぱり最後は志保でしょ」
「野乃花と奈織の分も頑張れ!!」
「最後の最後まで応援しているから!」

踵を返して100㍍予選へと向かう。野乃花の跳びや奈織の走りに勇気をもらいながら。ここまできたら足の怪我は関係ない。100㍍予選も200㍍と同じく7組あり、私は2組目で走る。先に1組目の走者を見て思う。やはり都大会には速い子しかいない。ただし、私も地区大会の記録は13秒10で優勝している。けっして都大会でも戦えない記録ではない。2組目の出番は直ぐにやってきた。最初から飛ばさないと勝ち進めない。気持ちを引き締める。

「セット」

バァン!!!

今日までやってきたことすべてを出して100㍍予選に挑む。今の私はどうあがいても中学2年生以上の記録は出せない。ならば悔いのないよう走るだけだ。他より遅れてゴールする。

(……くそっ!!)

明らかに調子が悪い。伸びもキレもなく、記録は13秒30。地区大会よりも0.2秒も落としている。組でも4位。中学3年の女子100㍍では12秒台が上位進出の基準であり、もはや私の走りは並み程度である。とてもじゃないが、去年関東大会8位の選手の走りではない。それに。

(……なんだ?)

なんとなく体に異変が。そんなことはお構いなしに走り終えたら直ぐにすみ先生の所へかけつけ、アドバイスをもらう。体のバランスを意識しろと数分の間に何度も言われた。心配そうに視線を送る仲間たち。

「志保先輩……」

前野まえのがドリンクとタオルを渡してくる。

「大丈夫。私は、準決勝には進めるのかな?」

13秒30で組4位。準決勝には3組(24名)まで進めるが、果たしてどうだか。100㍍の予選が終わり、小木おぎがすぐさま集計してくれた。

「……大丈夫です! 出木いずるぎ先輩。準決勝には、まず間違いなく進めますよ!」

よかった。私に余力はない。一つ一つのレースが常に最後を付きまとう。

「うわっ! マジか……」
「しっかしよぉ~……」
「さっきまで200㍍や幅跳びやってたのにー……」

3年女子が半ばあきれ顔でうな垂れる。おそらく火浦や二聖堂の走りや記録を見て、もはや言葉も出ないと言った感じだ。

(火浦……。二聖堂……)

あえて小木に火浦や二聖堂の記録は聞かなかった。準決勝まで時間もないので、すぐに支度を整えて再度、決戦の地へ向かう。

「角先生。行ってきます!」

これ以上は角先生も何も言わず、コクッと頷く。準決勝の走者表を確認する。準決勝は3組。決勝戦は8名で競い合うので、どんなに最低でも組3位以内に入らないとそこで終了だ。私の3年間の陸上生活が終わる。私は準決勝1組目、第5レーンで走る。

(火浦は2組目……。二聖堂は3組目か……)

遠目にライバルを見る。ここからは決勝を見据えて、各自調整も入念に、そして慎重になる。胸に手をトントン叩いて呼吸を落ち着かせる選手は多い。私も軽く体を動かし、その場で跳躍したりする。

「やっとだー! やっとこの時がきたー!」

声をかけられたと思い振り向く。

「……進藤しんどうさん?」

みんなが緊張する中、いつもの明るい雰囲気で声をかけてきた。

「ようやくだよー! 待ちに待ったこの瞬間! 出木さんと同じ組で決勝進出をかけて競い合う。これ以上ない展開だよー!」

レース前のピリついている空気の中、1人リラックスしている。私は走者表を再度確認する。錦坂にしきざか中学3年、進藤晴夏しんどうはるか、1組目、第4レーン。

「……隣だね」

自分の名前と、火浦と二聖堂の組だけを確認していたので、他の選手は目に入っていなかった。

「ふーん……。出木さん、予選は13秒30だったんだね。この間まで怪我をしていたのに、凄い記録出すね。さ・す・が! 私が目標にした選手だよ」

どことなく一言一言に棘があるような言い方をする。どう返答するか迷う。正直レース前は走るイメージを作りたいので集中したい。仲が良いとは言えあまり今は話したい気分じゃない。

「でもさ、出木さん。足は大丈夫? この大会で将来を棒に振っちゃう可能性もあるんでしょ?」

少しイラっときた。刺すような視線で私は進藤さんに答える。

「……なにが言いたいの」

いつもの笑顔でチョキチョキしながら進藤さんはつづく。

「うーん……。私は去年から出木さんを目標にずっと頑張ってきたんだよねー。でも出木さん、火浦や二聖堂しか目にないっていうのは、面白くないんだよね」

だんだんとその笑顔は不敵の笑みへと変わってくる。

「だから! なにが言いたいのよ」

少し声を荒げて進藤さんに言い放つ。

「だからね……」

その笑顔の瞳は透明に変わり、柔らかい彼女の雰囲気から一変、氷のように凍てつく表情へと変わる。そして、私を射抜く視線で彼女は言った。

「安心して、私がこのレースで出木さんに引導を渡してあげる」

どうやら火浦や二聖堂と競い合う前に、とてつもない強敵ライバルを相手にしなければなさそうだ。


                 続く


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