小説家の連載 妊娠中の妻が家出しました 第11話

〈前回のあらすじ:浩介は探偵社の三日月から、妻が横浜に居る事を知らされる。元カレの海路が所有するマンションに滞在させてもらっているのだ。華と海路は不倫では無く、肉体関係は持っていないとの事。海路と一緒に居る妻の幸せそうな写真に、浩介は衝撃を受ける。〉

「不倫ではないので、慰謝料の請求などは難しいかと。私どもは弁護士では無いので、その辺の知識はありませんが、おそらく」
 三日月は淡々としゃべる。
「こちら、関連企業でもある、セルフィッシュ弁護士事務所のチラシです。社長同士がきょうだいでして、弁護士事務所本社の社長が姉、探偵事務所の社長が弟という事で、どちらかの会社をご利用のお客様には、もう片方も勧めるよう言われております。まあ、配偶者の不貞などでどちらかを利用される場合は、大体弁護士も探偵も両方必要になりますから。浩介さんは今回探偵社の方をご利用になられましたので、弁護士事務所の利用料を割引させて頂く事になると思います。お得ですよ」
 浩介は手渡されたチラシを見たが、妻が元カレと居る事実を突きつけられた事がショックで、まだ次の方針をどうするかは決められなかった。
「三日月さん・・・妻は、元カレとやり直したいのでしょうか。でも、子供は?子供はどうなってしまうんだろう、俺の子供・・・」
 震える声で問いかける浩介に、三日月は腕を組んで答える。
「浩介さん。わが社の社名にもなっている、英語のセルフィッシュはわがままという意味です。人間、誰でもわがままなものです。依頼者もターゲットも、誰にでもわがままな部分はあるものです。浩介さんの場合は違いますが、必ずしも依頼者が正しい訳では無い。家出した妻の捜索を頼んできたのは有責配偶者であるモラハラ夫だったという事も珍しくありません。もちろんターゲットが不倫して悪いケースもある。夫婦というのは、どちらかが悪い時も、どちらにも悪い部分がある時もあるんです。浩介さん、あなたの目に見えている奥様と、あなたに見えていない奥様、どちらも奥様の姿です」
「どちらも、妻」
「えぇ。それは浩介さんでもそうでしょう。会社内で見せる姿と、家で見せる姿。今回はたまたま、浩介さんが見ていない部分が見えたというだけです。これが真の姿という訳ではなく、そういう一面もあるというだけの話なんです。人間、いくつもの顔を持っているものなんですよ。あなたが知っている奥様の姿が、全部演技だとは言いません。もし演技なら、子供を作る程の関係になっても演技を続けるのは無理があるじゃないですか。今はショックでしょうが、浩介さんが思う程人間というものはクリーンではないです。ただ、それだけです」
 三日月は落ち着いていた。浩介は三日月の言葉を聞いているうちに、少し冷静さを取り戻してきた。
 自分が知らない妻の顔が見えただけ。そうだな。自分を愛していなければ、妻が自分の子供を妊娠してくれる訳がないじゃないか。

 結局、浩介は関連企業のセルフィッシュ弁護士事務所にも足を運んだ。この弁護士事務所の支社もB市にあり、しかも探偵社の近くだった。あえて近くにあるのだろう。
 担当者の弁護士は青桐という女性で、30代後半ぐらいの年齢だった。ボーイッシュなショートヘアで、妻の妹に雰囲気が似ていた。
 浩介の話を聞いた青桐は、
「そうですね。不貞行為が確認されなかったという事は、慰謝料請求は難しいでしょう。浩介様は離婚についてはどうお考えでしょうか?必ずしも離婚ではなく、和解をして再構築を考える事もできると思います。今後についてはどういう方向で行きますか?」
「俺は・・・正直離婚はしたくありません。子供も生まれますし、今後も3人家族として仲良くやっていきたいです。ただ、妻の離婚の意志が固いなら・・・やり直すのは、無理なのかな、と」
「では浩介様としてはやり直したい、再構築、ただ奥様が離婚を考えておられるなら、おっしゃる通り無理でしょうね。一度話し合いの席を設ける事が必須でしょう。探偵社の調査では、奥様は横浜に居るという事ですので、一度こちらに帰って頂くか、浩介様が横浜に出向いて話し合いをする必要があります。話し合いの際は私も立ち会いますので、ご安心ください」
「話し合い・・・でも、妻は俺の連絡を無視しているので」
 それを聞くと青桐は浩介を安心させるように笑顔で、
「ご安心ください。それに関しては、探偵社の方で動いてもらいます。奥様に接触してもらい、そこからは私が交渉しますので、何も問題はございません。むしろ、浩介様が直接コンタクトを取る方が、感情的になり揉める可能性がありますので、第三者が間に入った方がスムーズでしょう。奥様とコンタクトが取れましたら私から連絡させて頂きますので、それまではしばらくお待ちいただく事になります」
「判りました」
「ただ、一つ懸念点があります。探偵社の調査結果を見る限り、奥様は藤原海路に精神的に依存している可能性があります。話し合いの場に、藤原も同行すると言い出しかねません。その場合はどう致しましょうか?」
 青桐の質問に浩介は一瞬考え込んだが、すぐに返事をした。
「構いません。むしろ、妻をたぶらかした男の顔が見たいと思っています。直接対決をしてやります」
 高らかに宣言した浩介は、妻を取り戻すための覚悟ができた事を、自分自身で自覚したのだった。
                             次回に続く

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