「光と闇と、魔法使い。」第32話

母親

 それからの授業。奇流は全く集中せず、ドクターの事を考えていた。風丸は至って冷静にペンをすらすら走らせる。全ての授業が終わった時、時刻は午後五時に差し迫っていた。
「城内案内は今回は中止します」
 予定より遥かに時間を押したのだろう。キリハラは自身の腕にはめられた時計を一瞥し、一同に伝える。そして各々会議室を後にすると、俊成もまたそれにならい続く。奇流と風丸が小声で話をしていた時、声をかけたのはキリハラだった。
「今日はお疲れさま」
 キリハラの言葉に奇流は立ち上がって返した。
「今日はありがとうございました。参加させてくれて……」
 元々参加資格のない奇流を入れてくれたのは、キリハラの計らいによっての物だ。彼女がいなければ俊成と会話するチャンスはなかった。奇流は晴れた笑みを浮かべ頭を下げた。
「私は君のおじいさんを尊敬しているからね」
 キリハラの言葉に、奇流は驚いて目を丸くする。
「まあそんな人間はこの大陸に五万といるけどね。それでもあの事件の後には、こうやって言うのもはばかれる。とても残念な話だけど」
 国王の手術に失敗した時から、尊敬する医者は国の敵となった。
「昼食の時に俊成様が私に言ったわ。マリベル村へのルートを君に開放しなさい、と」
 奇流は唾を飲み込んだ。風丸も緊張した面持ちで奇流を窺う。
「詳しくは聞かなかったけど、おじいさんの手掛かりがそこにあるんでしょう?」
 キリハラの言葉に奇流はどう答えていいか思案する。
「ああ、別にいいわよ。確かに王族の命令で王牙はおじいさんを捜索しているけど、何も城の内部全員が血眼になっている訳じゃない。私みたいにね。それどころか聞いた話によれば、王牙に見つかれば即刻処刑? それは私の望む所ではないわね」
 キリハラの言葉を、奇流は素直に嬉しく思った。国民全てが敵だと思っていたが、そんな事はなかったからだ。こうやってドクターの話を、いい意味で他人から聞くのはいつかあっただろうか。奇流はほっと息を吐いた。
「でも、マリベル村へ俺が行くってわかったら、それこそ王牙も向かうんじゃないかな。もしかして既に捜索中かもしれない」
 奇流の言葉にキリハラはかぶりを振る。
「小さい村よ。既に捜索中なら、王牙はすぐに見つける。連絡がないのを見ると少なくともまだ捜索の手は及んでいないだろうし、あなたの後を追って行くのは止めようがないもの。考えても仕方のない事だと思うわ」
 キリハラは冷静に言った。「だよなあ」と奇流が漏らすと、すぐに彼女は続ける。
「もしかしたら、家族だからこそわかる手掛かりがあるかも知れないじゃない。出発は明日。急だけど今日は体を休めて。メーベの森は険しいわよ」
 奇流と風丸は威勢よく返事をした。

 スイと空乃に事情を話したのは、その日の夜だった。王族の一人である俊成の許可が出たのだ。これは正面切ってマリベル村へ行ける最初で最後のチャンス。風丸は唇に人差し指を当てて言った。
「明日出発だから、学校を休まなきゃいけなくなるね。明後日からは連休だけどさ」
 すると空乃はばしばしと背中を叩いた。
「一日休んだくらいで問題なし!」
 奇流は苦笑した。
「休むのは親の許可がいるしな。それに特別授業も嘘をついて俺を参加させてくれたし。風丸にこれ以上嘘をつかせたくない」
 奇流の言葉に風丸は首を横に振った。
「それはいいんだよ。僕は奇流君の力になりたいから。両親には今日の話は上手くごまかしておくからさ。ただ学校まで休むとなると、何か怪しいって思われるかな」
 風丸の心配を打ち消すように、空乃は威勢よく続ける。
「本当の事を話せばいいでしょ! 友達のピンチなんだから。協力者の数は多い方が何かといいし」
 風丸は悲しい笑顔を見せた。「正直に話して聞いてくれる人達じゃないから……」奇流はそんな風丸を見て、頭をかいた。
「空乃、風丸。マリベル村へは俺とスイが行く。聞いた話だと一日かけてようやく着くらしいから、少しばかり帰りは遅くなるけど、絶対に帰るから」
 奇流の言葉に空乃は反論する。
「えー! あたちは行きたい行きたい! あたちは学校なんて休んでも問題ないし!」
 風丸は空乃の肩にそっと手を置き、真面目な顔で見つめる。
「……お母さんが学費を払ってくれているから通えるんだよ?」
 空乃の表情が一変した。「……うるさい!」手を払いのけると、奇流は驚いた表情を見せた。
「空乃?」
 奇流は空乃に歩み寄った。するとすぐに持ち前の笑顔を取り戻し、空乃が大きな声を出す。
「風丸君ごめん! うん、学校大事よね! それじゃあ家族が心配するから今日はもう帰ってね! バイバーイ」
 空乃は強引に風丸を扉に追いやり勢いよく外に出した。そして扉を閉めると、空乃は扉に背を預け、ずるずると座り込んだ。
「……空乃?」
 奇流は心配そうに空乃の向かいに座る。スイもそれにならうと、空乃の言葉を待った。
「……親の話をされたから、つい」
 空乃は項垂れて表情は窺えない。しかしいつもの彼女の様子とは全く違う。
「……あたちのお母さん、仕事を探しにこの町から出て行ったから。たまにお金振り込んでくれたり、お茶やお米を送ってくれる。でもあたちに会いには来ない」
 空乃は俯いたまま微動だにしない。奇流はそっと腰を浮かすと、優しい声で言った。
「風丸さ、悪気はなかったと思うよ」
 奇流の言葉に空乃は小さく頷いた。
「逆に空乃の事情を充分わかっているから……そんな状況で空乃の学費を払ってくれる母さんの為にも、学校には通って欲しいって思ってるんじゃないか?」
 空乃は沈黙を貫いた。
「空乃。明日は学校へ行って欲しい。そして風丸と仲直りだ。なあ、頼むよ」
 奇流の優しい言葉に空乃はしばらく黙っていたが、小さく頷いたのを見て奇流とスイは安堵の表情を見せた。

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