「光と闇と、魔法使い。」第31話

一筋の光

 奇流は息が詰まりそうだった。朝からぶっ続けでヘブンズヒルの歴史学、魔法学、経済、地理……ありとあらゆる物が自身の脳内にぶつかってくる。しかし他の者は聞き逃すまい、書き漏らすまいと必死の動きを見せていた。隣にいる風丸は、所々笑みを浮かべて何度も頷きながらノートを全面埋めていく。
「俊成様……。さすがにそろそろ昼食にしましょう」とキリハラの助け船が出たのは、午後一時を回っていた。ほっとした脱力の吐息がどこかしこから漏れる。当の俊成は「あ、そう」とそっけなく返し、一旦資料の束を裏返した。
「それじゃあ三十分休みますか……それから続きを」
 一同は「はい!」と勢いよく返事をし、おのおの昼食の準備に取り掛かる。そのまま弁当を広げる者、外へ出る者様々だったが、奇流と風丸はすかさず席を立った。
「俊成さん!」
 会議室から出た俊成に、奇流は声をかけた。俊成は立ち止まり振り返る。
「君は」
 奇流は時間を惜しんですぐに重ねた。「ワタライ奇流です。あの、聞きたい事があるんです」
 すると俊成は廊下の壁に背中を預けて腕を組む。「どうぞ」奇流はなるべく声を抑えて言った。
「俊成さんは、ドクターの居場所を知っているんじゃありませんか?」
 単刀直入に尋ねる奇流を、俊成は何も答えず眺める。奇流は再度質問を投げかけた。
「ドクターの失踪で騒ぎになっていますよね。そんな中俊成さんが急に国王になると宣言したのは何故ですか? 何か関係しているんじゃないですか?」
 すぐに答えが知りたい。早く、早く。ドクターの手掛かりになる物はどんな事でも知りたい。奇流はなおも沈黙する俊成に焦りが浮かんだ。彼が提示した自由時間は三十分しかないのだ。すかさず風丸も加勢する。
「関係ありますよね」
 俊成は写真で見た表情に戻った。生気がない、まるで人形のような。
「君は……控えた方がいい」
 俊成は低い声で言った。「え?」奇流は眉を潜める。
「マリベル村へ強引に行こうとしたり……今回みたいに城内へ潜り込んだり……余計な動きをすると、家族にも迷惑がかかるよ」
 奇流がマリベル村へのルートを進もうとしたのを知っている。サイガに聞いたのだろうか。あるいはあの時近くにいたのか。奇流が知る術はないが、咄嗟に反論した。
「先に見つけないと意味がないんだ。多少やり方は荒っぽくても、どうにかするしかないんだ」
 奇流は拳に力を込めた。自分のやり方を皆は否定し、余計な真似はするなと釘をさす。涼も雅恵もそうだった。しかし奇流はその度に思う。自分の祖父を救いたいと思うのは、果たして余計な真似なのかと。
「そうやって突っ切るのは悪い癖だよ……残された家族はどう思う?」
 俊成の言葉に増々苛立ちが募る。説教を受けている暇はない。奇流はそれを無視して詰め寄った。
「はっきり答えてくれ! ドクターの居場所を知っているのかいないのか、何か情報を握っているのか、はっきり教えて欲しい」
 奇流の剣幕は目を見張る物だった。他の者に聞かれないよう極力声を抑えていたが、それでも所々強くなってしまう。奇流ははっとして辺りを見渡し人がいないのを確認すると、再び俊成を見据える。
 俊成はさして興味がなさそうに腕を組んだまま宙を眺める。そんな様子を見て、奇流は更に付け足した。
「何のために国王になりたいんだ」
 俊成は宙に逸らした視線を奇流に引き戻した。質問の意図を理解しかねるのか、しばしそのまま奇流を見つめて口を開く。
「僕は国王の息子だよ……幼い時からそれは絶対的な使命、だったのさ」
 俊成は唇の端を歪めた。奇流はそれに反論する。
「それじゃあ何で継承権を放棄した? 絶対的使命と言ってのけるなら、おかしい話じゃないか」
 俊成はゆっくりと奇流に近づいた。そして奇流の眼前に佇むと、にやりと笑って答える。
「そうだね、君の言う通りさ……僕は使命から逃げた。けれど思ったのさ……このままではいけないとね」
 そして俊成は踵を返すと、風丸の制止も聞かず立ち去ろうと歩き出した。
「サイガが」
 奇流の声に、一瞬歩を止める。
「サイガが国王になってはいけないと思ったのか」
 すると数秒の沈黙の後、俊成の肩は細かく揺れ出す。そしてそのまま動きは大きくなり、突然高らかに笑い出した。
「君、面白いね……ここでそんな事を言ったらいけないよ……サイガさんの権力は大きいからねえ……」
 俊成は振り返って続けた。
「そうか、そうだね……サイガさんは確かにすごい人だけど……君もわかるだろう? 彼は人の死を何とも思っていない人間だよ」
 やはり――。奇流は確信した。あの時俊成は見ていたのだ。奇流とサイガのやり取りを。
「そんな人が国を牛耳ってはいけないと思わないかい……またあの悲劇が繰り返される」
 あの悲劇。五十年前に起きた、ヘブンズヒルとガーベルジュの神霊樹を巡る大戦。私利私欲の為に多くの犠牲をいとわなかったこの国の王族の愚かさを、俊成は悔いているのだろうか。
「僕を笑わせてくれたご褒美をあげようか……」
 そう言って俊成はゆっくり進むと、奇流の目線に合わせ腰を低く屈めた。
「行ってごらん……君の思うままにね」
 奇流は鳥肌がたった。「思う、まま」と漏らすと、俊成は奇流の肩を掴んだ。
「僕は腐っても王族だ……力を貸そう……頑張ってね」
 そして俊成は去って行った。奇流はぼんやりとそれを見送ったがすぐに風丸に向き直った。
「あ、飯食べないとな。ごめん、時間が……」「奇流君」「お前弁当持って来た? 俺は無いから買いに」「奇流君!」風丸の声に、奇流の口は閉ざされる。
「奇流君、凄い進展だね」
 風丸はピースサインを奇流に向けた。すると奇流は次第に緩む己の口元に手をやり、溢れる興奮を抑えられず風丸とハイタッチをする。
「…………よっしゃああああああああああ! 行くぞ!」そして声を抑え「マリベル村に――!」
 二人は顔を見合わせた。

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