「光と闇と、魔法使い。」第21話

協力者 

 朝日が目に染みる。奇流は起き上がると、背中に軽い痛みを感じた。冷たいコンクリートからは冷気の他に、硬さによる痛みも伝わる。背伸びをして息を大きく吐き首を鳴らす。ひび割れた窓から差し込む光が心地いい。昨夜、空乃の話を聞き今すぐ行くと息巻く奇流を制し、空乃は宿泊を勧めたのだった。
「よし、行くか」
 奇流は二人を見て言うと、スイは黙って頷いた。空乃もまたそれに続くと、三人は家を後にした。しばらく進み中央広場を抜ける。奇流は固い表情で歩を進めた。スイは相変わらず黙り、空乃はぴょんぴょん跳ねながら足取りは軽やかだった。
「奇流! こんな朝早くからどうしたんだい。それに空乃ちゃんと、ええと……」
 現れたのは和代だった。奇流と言う単語に反応したのだろう。すぐさま駆け寄る足音が響き「奇流!」と声を上げたのは柚だった。
「奇流、よかった……」
 柚はもう二度と奇流に会えない予感がしていた。目の下がうっすら黒く色づいていた。一睡もできなかったらしい。
「おばさん、忙しい所申し訳ないけど、ちょっと中に入っていい?」
 返事を聞かぬまま奇流は一歩踏み込んだ。それだけ焦っているのだ。そんな奇流の様子に和代は首を縦に振ると、準備中の札を店先の目立つ位置に出した。
「ちょっと待ってて」
 柚は足早に駆け、顔を洗ってリビングに戻った。和代は奇流達三人の分も朝食をさっと用意し、食卓に出す。
 空乃はいただきますもそこそこに、口一杯に頬張った。いつかと同じ光景に和代は白い歯を出した。そしてすぐに「で、君のお名前は?」とまずはスイの紹介を求める。
「僕はスイと申します。奇流君の友人です」
 スイは正座のまま背筋を真っ直ぐにし、卵焼きを口に運ぶ。昨夜空乃の家で夕食を食べた時、魚を口に運ぶスイを見て奇流は疑問を投げかけた。「魔法も……飯、食うのか?」それに対しスイは、「…………魔力の源ですが何か?」と冷めた視線を奇流に向けた。恐らく代々の主人に必ずされる質問なのだろう。うんざりした様子を隠さずに、ひたすら頬張った。
「スイ君ね、よろしく」
 にかっと笑う和代が手を差し出した。スイは意図をわかりかね、怪訝そうな表情を浮かべる。
 すると奇流の唇が「あ、く、しゅ」と形どる。「ああ」と呟くと、スイは茶碗を置き右手を重ねた。
「奇流の、友達」
 途切れ途切れに言ったのは柚だ。「何か?」きっと睨むスイに、柚は小さくなった。
「あ、ごめん、なさい」
 慌てて視線を逸らす。一体誰だろう。柚の脳裏は疑問が浮かぶばかりだったが、奇流が肩を軽く叩いた。
「それでどうしたってんだ」
 そう言って階段を下りてきたのは友明だ。寝起きのあくびをして頭をかきながら食卓に着くと、手を合わせて食事を開始した。奇流は食事の手を止めて、背筋を伸ばす。
「マリベル村に連れて行って欲しい」
 奇流の言葉に、柚の両親は目を丸くした。
「マリベル村?」
 和代は身を乗り出す。
「どうしてまたそんな所に」
 そんな所。無理もない。村人も僅か数十人しかいない小さな村だ。和代につられ、奇流も身を乗り出し囁いた。
「ドクターの居場所の手掛かりなんだ」
 両親は眉を潜めた。友明はそっと立ち上がると、リビングの扉を開けて辺りを見渡す。そして再び扉を心なしか強く閉めると、顎を引いて奇流に続きを促した。
「ドクターは以前からマリベル村の話を俺にしていたんだ。詳しくは話せないけど、とにかく俺はドクターがそこに向かったと思っている」
 一同は静まり返った。その沈黙を破ったのは柚だ。
「うちはどうやって協力すればいいの?」
 奇流は小さく頷いた。
「商店街の人は定期的に、マリベル村に品物を売りに行ってるよね?」
 商店街の人々は週に一度、交代制でマリベル村へ物資を運ぶ。傭兵を雇い、危険な森を抜けて行くのだ。報酬も含めて様々な意味で割に合わないと嘆く者さえ少なくない。両親はしばし黙った後、奇流に返した。
「定期便に紛れるって訳かい」
 和代はそう言った後に、大きく息を吐いた。友明も上を見上げ何やら考えるように目を細める。
「できなくはないよね、あんた」
 和代は頬杖をついて夫に同意を求める。しかし友明はそれにすぐには答えなかった。
「うん、できるよね」
 しびれを切らした柚も続く。しかしそれでも友明は首を縦には振らない。
「……小さい村とは言え、村人全員の一週間分の物資を馬車に乗せて走るんだ。量が多いから、門番の荷物検査もそれ程厳しくねえよ。正直流れ作業化してるって思うしな」
「じゃあ」「でもよ」奇流の声を遮って続けた。
「奇流はわからんかもしれんが、馬車に積んで行ったらメーベの森って言うのが広がっていてな。そこからは馬車を置いて、荷物を背負って丸一日歩き通してようやく村に着くんだよ。森には人を襲う獣もいるし、大抵荷物持ちも兼ねて傭兵を複数人雇って行くんだ。その傭兵が曲者じゃねえか」
 そこまで言うと和代は「あ」と一言放つ。そしてすぐに両手で顔を覆うと、「あちゃあ……」と落ち込む様子を見せた。

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