「光と闇と、魔法使い。」第22話

和代の記憶

「お母さん?」
 柚は即座に理解ができず、和代の顔を覗き込み無言で説明を求めた。
「傭兵はね、商人が雇うとは言っても、申し込みをしたら城が管理する傭兵ギルドからランダムに派遣されるのさ。商人は傭兵と共に村に一泊してから町に帰る。例え荷物に紛れて村へ入れたとしても、奇流達が怪しい動きをしたらすぐに感づいちゃうだろう? かと言って今回は傭兵を雇いませんなんて言ってみな? 奇流と仲がいいうちがそんな事したら、何か怪しいって一発アウトさ」
 そこまで説明すると、友明も「そういう事だ」と同調した。奇流は一気に奈落の底に落とされた気分だった。昨夜の空乃の提案を聞いた時、これしかないと思った。門番とのやりとりで、ワタライの名を持つ自分が町から出るには、正攻法ではいけないと思い知らされたからだ。
「そんなの村に着いたら傭兵をぼこぼこにして、ちょっと気絶させよ!」
 何とも物騒な提案をする空乃に、両親は苦笑する。
「目を覚ましたらすぐに王族に知らされちまうよ」
 和代は食事を再開して言った。
「とにかく、奇流はおじいちゃんが帰って来るのを待っていた方がいい。それにこういうのは言いたくないけど、涼さんや雅恵さんもそれを望んでるんじゃないかい?」
 奇流は押し黙った。帰って来るのを待つ。もし帰って来なかったら? 王牙が先に見つけたら? ドクターは処刑されるのだ。絶対に絶対にそれはあってはいけない。
「俺は、ワタライの人間じゃない」
 重い響きが空間に広がった。「え?」柚は間の抜けた声を発する。
「俺は父さんの本当の子供じゃない。血が繋がっていない。俺はワタライ家の本当の人間じゃないんだ」
 呆気にとられた一同は静まり返った。
「何、言ってんだい。そんな事が……」
 慌てた様子で和代は奇流の肩を掴んだ。
「奇流、冗談やめておくれ。あんたは」
「俺だってこんなの冗談であって欲しいよ。でも、父さんの目は、冗談を言っている目じゃなかった」
 奇流の告白に和代は混乱した。ええと、確か十五年前、柚が生まれて少しして、ワタライさんとこに男の子が――。
 眩暈がしそうだった。否定しなければ。奇流は涼の子供だと、言ってあげなくては。
 しかし和代は何も言えなかった。脳内は様々な言葉が渦を巻いていたが、それを言葉にする事ができない。じわりじわりと耳鳴りが近づいて、頭に大きく響いた。
 
「すまん、ちょっと体調悪くなったみたいでよ。今日は帰ってもらえんか」
 友明は後ろを振り返りながら、奇流達に声をかけた。和代は気分が悪いと部屋へこもってしまったのだ。本日臨時休業の札を出して、父親は溜息をつく。
「……すまんな、力になれなくて」
 奇流はかぶりを振った。「ごめん、俺のせいで」すると柚は奇流の手を握って言った。
「違うよ! 奇流のせいじゃない」
 柚は今にも泣きそうだった。そして友明を振り返ると、「どうしても駄目なの?」と尋ねる。
 マリベル村へ行く件だった。
「やはりリスクが大きい。もし不用意な行動にでたら、奇流が何かされるかもしれないだろう」
 自分を案じてくれる友明の言葉に、奇流は周囲を巻き込んでいる申し訳なさと、自身の非力さを心の中で嘆く。それは今にも噴き出しそうな轟音となって、奇流の体を支配した。それを必死に抑え込み、帰りの挨拶をする。
「突然だったのに、話を聞いてくれてありがとう」
 語気が弱弱しく、それに呼応するかのように雨がぽつぽつと落ちてくる。
「とにかくきちんと帰るんだぞ。な?」
 何も答えず歩き出すと、柚も駆け出した。しかしすぐに友明によって引き戻される。「離してっ」柚の抵抗を、空乃は何度も振り返りながら見ていた。
「ねえ、奇流ちゃん、柚ちゃんが……」「いいんだ」奇流は無表情で言った。
「これは俺の問題だ。俺がどうにかする。空乃、お前も――」
 奇流の言葉に被せて「あたちは協力する」とはっきりと宣言する。スイもまた、「あなたは主人ですから、あなたの力になるしかありません」と返した。奇流は二人の言葉を聞いて、足早に柚の家を後にした。

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