「光と闇と、魔法使い。」第23話

契約

「我が名はスイ。ワタライ奇流を主として主従の契約を、今結ばん――」
 神々しい眩さが辺りを包んだ。奇流とスイは両手を取り、光がおさまるまでそのままの姿勢でいた。やがていつもと同じ景色になった時、スイが口を開いた。
「これで契約は終了です」
 空乃は目を丸くして言った。
「何だかあっけない。もっとずかーんとばこーんとしたのを想像してたわ」
 奇流が苦笑いをすると、スイは眉根を寄せて空乃に目を向ける。
「何がずかーんとばこーんですか。何を想像していたかわかりませんが、何か文句ありますか?」
 奇流が二人を断ち切るように尋ねた。
「ごめん、前に説明してくれたのを、もう一回教えてくれないか? 俺、突然すぎて混乱してて、話が頭に入ってこなかったんだ」
 結局あれから三人は再度空乃の家に戻っていた。周りの目を気にせず話せる場所は、もはやここしかなかったからだ。マリベル村へ行く方法を議論し、簡単な昼食を済ませ話し込むと、時刻は午後三時を回っていた。
「契約をしたので、様々な魔法を詠唱するだけです。しかしそれには使い手であるあなた自身の努力が不可欠になります。ただなぞるだけでは発動しません。魔法一つ一つに意思があります。それに寄り添い、理解し、その力を借りる心を持って何度も練習するしかありませんね」
 スイは腕組みをして説明をした。
「例えばかすり傷を治す程度の魔法は簡単です。何度かやればあなたにも使えますよ。しかし光魔法はそれだけじゃない。死にかけの人間を治癒する魔法は上級ですから、並大抵の鍛錬じゃ使いこなせません。それに闇に対抗する攻撃魔法だってありますからね。光は癒すだけではない。闇を切り裂く防衛策も講じる必要もありますから」
 スイの言葉に奇流は頷いて返す。
「じゃあ魔法使いって言っても、簡単にすげえ力を手に入れる訳じゃないのか」
 スイは呆れて大袈裟に項垂れた。
「そんな簡単に何でもできたら、この世は魔法使いの暴走を招きますよ。力を手にした者がその力に溺れないように、ある意味鍵をかけているのです。特に闇魔法はね」
 空乃は「闇魔法がどうしたの?」と説明を求める。スイは暗い表情で続きを話した。
「破滅の闇は、それこそ強大な力です。この世界を滅ぼす事も容易にできます。だからこそ光より厳重に扱われるべきだ。だから闇の魔法は、魔法使い自身に多大な魔力を必要とします。大抵の魔法使いでは、契約を交わせこそ闇魔法を扱うのは難儀するんです。そうやって闇の力をむやみに使用できないようにしている」
 スイの言葉に、奇流は瞬間的に言った。
「闇魔法が悪人に渡ったら、それこそこの世の終わり」
 スイは忌々し気に表情を歪め仰ぐ。
「やつは主人を主人と思っていない。自分が大暴れするための存在としか思っていないんです。そう、ガーベルジュがいい例だ。今でこそほぼ復興を遂げているものの、あの大戦で町は惨状と化した。使い手は未熟だったのにも関わらず、それでも一国を壊滅状態にさせたと聞いたら、その破壊力は想像できますよね?」
 少しの沈黙の後、スイは話したくなさそうな様子を見せたが、息を吐いて口を開いた。
「あの日やつと対抗した僕でしたが、無念にも敗れた――。当時の僕の主人は、闇が暴れる最前線に出るのを嫌がったんですよ。光の攻撃魔法を発動する必要があるにも関わらず、それを頑なに拒否した。……まあ、今思えば無理もないか。皆が皆、この力を望む訳じゃないから。しかし闇の暴走は、対の存在である光が食い止めなくてはいけないんです。それは光にしかできない」
 スイは自身の拳を壁に叩きつける。苛立ちが止まらない様子に、奇流は息をのんだ。
「……あれから魔法が禁止されて、徐々に魔法の存在が薄まり、僕はあなたに辿り着いた。もしやつもこの世に復活していたら、主人を利用してどんな暴走を招くかわからない。ただ今は――魔法を使いたくても使えないんです。それはやつも同じはずですが、それでもやつは何をしでかすかわからない」
「魔法を使えない?」
 首を縦に振ってスイは続けた。
「この大陸は、魔法を禁じているでしょう。ある方法で、物理的に魔法を不可能にしているんです。理由はまた今度話すとして」
 スイは奇流に目を向けた。
「もしいつか……来るべき闇との戦いに、あなたは立ち向かえますか?」
 奇流はしばらく何も言わなかったが、大きく頷いた。スイはどこかほっとしたような表情を浮かべる。
「結局当時の大戦は、闇の暴走が被害を拡大させた訳か」
 奇流が漏らした言葉に、スイは返答した。
「ガーベルジュは心の拠り所である神霊樹を、未来永劫守っていく使命を携えていました。しかしそれを狙う者は必ず現れる。そこでガーベルジュは闇の力を手にしたのですよ。大切な物を守るために、闇の力に頼った。もちろん実際にそれを使って周りを滅ぼそうとしたんじゃない。あくまでも周囲へのけん制の意味だった。戦後闇魔法の禁止を声高に主張したのも、私利私欲で保持していた訳ではない証拠でしょう。闇魔法があるのを知った上で、王牙を含めて王国軍を総動員して攻め込んだヘブンズヒルの王族は、本当に救いようがないですがね」
 奇流は真剣な面持ちでスイの説明を聞いていた。
「国を守るための闇魔法が、まさか暴走して自国を滅ぼす。ガーベルジュの誰もが予想できなかったでしょう。闇の力を持つと言う事は、それだけのリスクがあるんですよ」
 その時だった。

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