「光と闇と、魔法使い。」第27話

柚の願い

「王牙は容赦ない。簡単に人を殺せる。俺はそれを目の当たりにした。柚が言ってたサイガも、そんな男だった」
 奇流はあの時の血の臭いを忘れていない。今まで嗅いだ事がない、おぞましい程の人間臭さ。目がくらむ程の衝撃だった。
「だから柚には待っていて欲しい。必ず無事に戻るから」
 奇流ははっきりと告げた。風丸は柚を気遣うように、顔を覗き込む。
「……奇流の役にたたないかもしれないけど、黙って待つのは辛いよ」
 柚はぐっと堪えて小さく言った。
「柚、役にたたないとか言うな」奇流の言葉に、空乃と風丸も顔を見合わせ、柚の肩にそっと手をかける。
「奇流ちゃん、やっぱりさ」「邪魔なんです」空乃の声を制したのはスイだった。
「役にたたない人間が増えた所で邪魔でしかないんです。もし王牙と戦闘になったらどうします? あなたがいる事で、奇流さんは必ずあなたを気遣わなくてはいけない。戦闘において、誰かを思いやる気持ちが一番足を引っ張るんですよ。つまりあなたは奇流さんにとって、邪魔な存在でしかない」
 スイの言葉に、柚は口を開けた。が、反論するにも声が出ないようだ。あまりにもはっきりとした物言いに、柚の思考は停止寸前だった。奇流は咄嗟にスイに掴み掛る。
「そんな言い方するな!」
 掴まれた服の胸元に目線を下げて、スイはうんざりした表情で返す。
「あなたがいけないんですよ。あなたが期待を持たせる言い方しかしないから、この子は自分も何かできると勘違いをする」
 冷たく言い放つスイの胸ぐらを掴む手に、奇流は力を入れた。
「柚は、今までずっと一緒にいたんだ。……ワタライの状況も知ってる。そんな俺から離れず、今までずっと一緒だったんだよ」
 奇流は噛みしめるように紡いだ。しかしそんな奇流の声をよそに、スイは主人の手を払いのけた。
「あなたは何をしたい? 何を望む? この子に待っていて欲しいと言い、それを促す僕に怒りを向けている。はっきりと言うしかない。役にたたないから連れて行けない、足手まといになるから来ないで欲しい。あなたはいつも遠回しに気を利かせるから、この子は常に期待してしまうんじゃないんですか?」
 奇流は唇を噛みしめる。柚はややあって肩を小刻みに震わせたが、なおもスイに詰め寄ろうとする奇流の腕を握った。
「柚?」
 柚は震える手で奇流の腕を掴み、小さく首を横に振った。そして涙がうっすら浮かぶ目をこすり、スイに向き合った。
「確かに私は、役にたちません。けど、奇流が心配なんです」
 目を細め、うんざりと言った様子でスイは話す。「だから」「でも」すぐに柚はそれを遮った。
「奇流が必ず帰って来ると約束してくれるなら、私はこの町で待ちます」
 柚はうっすらと微笑み、奇流を見つめて言った。
「一晩考えたの。お父さんにも言われた。奇流を大事に思うなら、奇流にとってどうすればいいかまず考えなさいって。自分の気持ちを押し付けてばかりじゃだめだって。確かにそうだよね。私、奇流と離れたくなくて、奇流の傍にいたくて、そればかり押し付けてた。でもそれじゃあ駄目なんだよね」
 そして力強い視線を向けて付け足した。
「奇流、必ず、帰って来てね」
 奇流はそんな柚をしばし見つめて、言葉を返す。
「……ああ、必ずだ。約束するよ。大丈夫だから」
 柚にとって最も安心する言葉が、奇流の口から放たれた。柚は笑顔を見せる。そしてスイに向かって頭を下げた。
「奇流をよろしくお願いします」
 まるで娘を嫁に出す親のような言い方に、ややあってスイは軽く噴き出した。そんなスイに一同は驚きの表情を見せたが、すぐにいつもの仏頂面に戻る。
「……冷たい言い方をして、すみませんでした」
 スイは頭を下げた。柚が「いえ、そんな」と手を振ったが、スイは「あなたに何かあれば、奇流さんが悲しみますので」とそっけなく続ける。柚は肩をすくめたが、その意味にまんざらでもない様子で頬を染めた。
「奇流は、大事な、お友達、だから」
 焦って皆を見渡す柚に、空乃は「柚ちゃん顔真っ赤」とからかった。風丸もそれに続くと、柚は頬を膨らませて抗議する。
 しばらく笑いが部屋にこだますると、奇流はどこか胸のつかえが取れた穏やかな気持ちになった。ドクターを心配し続けたここ数日間は、常に気を張って過ごしていた。こうやって友達と笑いあえるのがいかに幸せか。奇流は笑顔の皆を見つめて思った。

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