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昭 和 の 香 り は 創 意 工 夫 。

ICE DESIGN さまへ...
屋号、本当に素晴らしくて感動いたしました!!

自分の場合、想像創造の巨大な2本柱がありまして、その間でヒラメキが稲妻のようにピカッと光るような感じっすかねぇ。ここ3年くらい、周辺のクリエイターに話したりするのだけれど、皆さんどうもピンとこないみたいでスルーされてばかりだったんすよね。自分のサイトや n o t e でも数回は記させていただいていますから、検索なんかで引っかかるかもしれませんね。

ボクの場合は表現するコトには興味がなくて、アイスカンジさんの到達したフィールドまではたどり着けませんでした。作品完成が全てであって自己表現は二の次といったところでしょうか。

そんなこんなで、多少の醜態を晒しながらボクは投稿記事の完成度を高めるべく今回も実験的な記事作りをしちゃいます。ほら、前回の焼き直しだから多少の言い訳も必要でしょ?

前置き長くなりましたけどココから本編はじまります。
でわ...

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秋 の 大 田 区 ♡ ポ タ リ ン グ ツ ア ー

基本的には、ノースロードバー:ロードバイクに乗って、駐輪な被写体や光景を探しに行く特別企画だったんすよね。そこにフルーツバスケット 2nd seasonの聖地巡礼を絡めてみたんです。土岐麻子さんのオープニング曲は、前回の岡崎律子さんの作品に負けず劣らず泣けてしまう楽曲でしたのから巡礼せずにはいられませんでした、すぐ近所なんだけどさ...。

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緩やかな坂道。ここはアニメのシーンで採用されていないのだけれど、意匠が美しかったのでパシャリ。さすがは田園調布ですね、いまの時代では無駄とも捉えられそうな外装に、ボクのクリエイター魂も揺さぶられます。

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中原街道を越えたところから、大田区を分断する二級河川の 呑川 沿いを走るのですが、何故か突然のヒラメキがあって脇道に逸れてみました。その直後、美しくエイジングされた業務仕様の自転車に遭遇。タイルのグリーンが田園調布と似通っていますが全くの偶然です。外装はさておきお店のPOPや自転車の方は明らかに昭和製なのでしょう。

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天空に掲げられた自転車に何故だかボクはそそられるのです。BSアンテナもありますし完全に平成だろうとは思いますが、昭和の息吹も随所に感じられてなんだか絶妙なコラボレーション。ご覧になる皆さんの視点からもカッコ良いとか美しいとか、撮影意図に近い画像として写ってくれるならとても嬉しいです。

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今回の撮影ツアーで得られた画像の中で、なぜかこの1枚を随分と気に入っています。人間の営みを象徴するような無駄感が随所に感じられるからかな...。昭和っぽいってのはそこら辺の雰囲気なんでしょうね。便利な養生テープだって無駄っぽいこの貼り方は該当しそうです。だけどちょっと待ってください、このような無駄ってあの創意工夫の意識から発生してるんじゃない?

この画像はさておき、どうか皆さんも考えてみてください。

昭和っぽい意匠や雰囲気は、この創意工夫によって生み出されていたのではないでしょうか。無駄な足掻きかもしれない、だからこそ人間味のある温かさが感じられるのだと思うのです。現代社会はクールなふりをして、実際は創意工夫する能力や気力さえも失ってしまってはいませんか?

シンプルが悪くないのと同じように、雑多だって発生するプロセスを考えればそれほど悪いもんじゃありません。

じつは、創意工夫ってクリエイティブの原点だと思うのです。長年にわたりデザイン職を続けてきたボクは知っています、机が整理整頓されているデザイナーって仕事は上手にこなせても、作品自体は意外とショボイ。デザインはレイアウトや整理することではありませんから、脳内のクリエイティブ・フィールドが座標の確認できるような方眼紙状態ではすぐに限界がきてしまうのです。
想像創造を阻害するようなグリットのあるシンプルは、無限かもしれない自分の可能性にさえ線引きしてしまっているんですよね。

結局は右脳のなせること、左脳は記憶を模倣するクリエイティブしかできませんから基本的にどこからか上手にパクってきているのです。もしくは右脳のクリエイターを上手にコントロールして上澄みを搾取してたりもしますから、一見すると仕事ができるような雰囲気が形成されます。もし皆さんが右脳系なら左脳系の人間に騙されてはいけませんよ。

どう?クリエイターの人なら思い当たるフシがあるでしょ?

ちょっと熱くなっちゃったかなぁ。

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最後は昭和の雑多感のひしめく、この写真で締めくくりましょう。

画像としては無駄な雑多感を楽しめるものの、日常的に利用するとなったらお断りしたいですよね。それでもやっぱり創意工夫する意識だけは取り戻すべきだと思います。令和2年の現在ではグローバル化が原因なのか、経済性を重視するあまり世の中が画一化され過ぎてしまっています。人間までもが完全に型にはまってしまうようでは流石に息苦しいのです。

職業に関係なく誰もが自分の脳みそで考えられるように...
小さなことで構いません、想像創造の自由にできる人間にならないとね。

でわでわ 

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