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『絵物語 動物農場』ー生き生きとした動物の挿絵と生々しい現実━


絵物語 動物農場


ー生き生きとした動物の挿絵と生々しい現実─


著者 ジョージオーウェル 
翻訳 金原端人 
イラスト カンタン・グレバン



公式サイトより引用
https://pie.co.jp/book/i/5560/






イントロダクション


数年して私の感じたソ連は、停滞の一言につきる。
日本のなかのマルクス主義者との距離を感じるのと、それは平行した。
松田道雄.世界の歴史22 ロシアの革命.河出書房新社,1990,390P.


これは松田道雄著の「ロシアの革命」という書籍のあときに書かれた物の引用である。松田氏は医師である傍ら社会問題へと提言や執筆活動、革命史の研究に取り組まれた人物。茨城県出身ながら実は熊本とも縁の深い人物で、彼の個人蔵書は熊本学園大にて「松田道雄文庫」として保存されている。

熊本学園大 松田道雄文庫https://www.lib.kumagaku.ac.jp/collection/matsuda-bunko/

あとがきによれは、思想の自由が認められていなかった戦前からの社会主義者であり、戦後思想の自由が認められるとソ連社会主義の実態を知るために、ソ連の発行物を取り寄せた。歴史や経済、哲学に医学、そして文学と多彩なジャンルの雑誌の定期購読を始め、思想家の全集を全て予約した。そしてこの様な所感に至った。

この失望とも落胆とも見えるその一文に、私は哀愁すら覚えた。

今よりも大衆の力は脆弱で、資本家や公権力の力は増大だった時代。旧来の圧制や貧富の格差を是正し、市民に平等を約束するかに見えた共産主義は光だった。しかし後世の私達にとっては、それは単なる新秩序の成立に過ぎなかったと知っている。革命の気高い思想はやがて俗物的な権力闘争の道具に成り下がってしまった事も。

この悲劇を寓話として描いた作品。
それが今回取り上げる『動物農場』である。



解説

『動物農場』は1945年。イギリス人のジョージ・オーウェルによって書かれた小説。ジョージ・オーウェルと言ったらやっぱり有名なのは『1984年』。全体主義の恐怖を描いた名作として語り継がれている作品で、恐らく都市部の大きな書店に行けば今でも買えると思う。今回取り上げるのはジョージ・オーウェルのもう一つの著名な作品・『動物農場』。革命とその後をコミカルに、そして残忍に描いた寓話で、リアルな権力闘争の描写が光る。

また今回は「絵物語」と書いてある通り、多くの挿絵が合間合間に描かれている。挿絵はベルギーの絵本作家・カンタン・グレバンによって描かれた温かく、でも物語に沿ったシリアスさも忘れない、この良い塩梅の絵が好きだ。ちなみに調べてみると多くの絵本作品が日本でも翻訳されて販売されている。絵本も読んでみたいって思った。絵の繊細さと躍動感。恐らく水彩絵の具を使ったアナログなタッチは、人を惹きつける魅力が詰まっている。



あらすじ

人間であるミスター・ジョーンズの運営しているお屋敷農場にて支配されていた動物達は、その暴力的な支配におびえていた。そんなある日の夜、余命幾ばくかの老いた豚オールド・メイジャーが動物達を集め語りかける。動物は今人間によって支配され、奴隷的な扱いを受けている事。そしてそれを脱する為に皆で団結して人間と戦い、そして人間の影響を排除して動物らしく生きる事を。ここに「動物主義」が生まれ、団結の機運が高まっていく。その後オールド・メイジャーは死に、残った動物達はジョーンズに対して反乱を起こし、動物達は農場を完全に掌握するに至った。戦いの後、農場は「動物農場」へと名前は変わる。そして動物の中でも取り分け頭のいい豚達が率先して掟づくりやその後の牧場運営に率先して参加した。結果2匹の豚が台頭する。他の動物へ文字の教育を推進すると共に人間との戦いで勇敢さを示した外交的なスノーボールと、犬の子犬を手名付け豚の食料独占する等の利己的な策謀に長けたナポレオン。やがて2匹は激しく対立していたが、裏で犬を養育していたナポレオンがその力を用いてスノーボールを追放し、ついにナポレオンによる独裁体制が構築された。ナポレオン体制下の牧場では、強制労働や大量処刑が行われ、その過酷さは「お屋敷農場」を超える様な有様だった。ナポレオンら豚達が行った支配の実態と、そこに生きる動物達の悲哀を描く




「ナポレオン体制」の恐怖

思っている以上に生々しく、惨たらしい物語だった。動物達はスターリン体制を各人物をモチーフに描かれている事は知っていた。作品を通してスターリン主義を批判している事も。でも、ここまで残酷で、救いのない物語が展開されているとは思わなかった。どこまでも体制に忠誠を尽くしていたボクサーという馬が働けなくなった事を切っ掛けに馬肉処理場に送られ、ボクサーは死に、ボクサーの体は豚達が飲むウイスキーの代金に代わってしまう。この場面のむごさ、ある種のカニバリズムの様な嫌悪感すら感じた。それ以上に動物達の献身は全て豚達の富に消えた。豚を除く生物は、農場を維持する為のパーツの様に扱われ、それはジョーンズ時代よりも救いを感じさせない。動物を守る為に生まれた掟は豚に書き換えられ、豚による新秩序が確立する様は淡々と、しかしとても恐ろしく描かれている。他の動物の知能が低かったから。それとも豚があまりにも狡猾だったからなのか。推測するにナポレオンが子犬を教育して自分に忠実な存在に仕立て上げ軍事力を確保すると共に、生まれてきた豚の教育をする事で頭数を増やして地盤を築き上げた事が勝因だろう。一匹の狡猾さが不特定多数の集団に停滞と不幸をもたらす様は、悲劇の一言に尽きる。



全体主義に対する警鐘

そして作品のテーマとして「全体主義に対する警鐘」が描かれている。これはあくまでもスターリン体制への批判的側面が強い作品だが、一方現代においても1パーセントの超富裕層が99パーセントの富を独占している状態になったと言われており、もはや資本主義もまた終着点にたどり着いた様に思う。

こちらはAFPBBNEWSの記事
世界の最富裕層1%の保有資産、残る99%の総資産額を上回る https://www.afpbb.com/articles/-/3073560

例えば話題に上がるイーロン・マスク氏は背景に国や権力を持たない人間ではあるが、単純に資本力と事業の成功によりその発言力を増大させて世界規模のインフルエンサーになった。彼の声明や行動は株価や社会に影響を与えるに至り、それは不特定多数の人間の生活や人生に大きな影響を与える可能性すらある訳だ。限られた人間、集団による独占を基本とするトップダウン型の組織を全体主義と定義づけするならば、この状況は「モダン・全体主義」と言ってもいいのかもしれない。思想の波がインターネットを通じて限りなく世界の電脳を駆け巡る時代において、みんな誰かのスピーカーになる定めなのかと悲観している自分がいる。物語で意味も無くスローガンを唱え、議論を有耶無耶にしたあの羊たちの様に。


まとめ

ショッキングな物語だった。

シンプルに寓話としてはあまりにも生々しく様々な示唆に富んでいた。

ただし現代においては、当時の西側の人々がスターリン体制やソ連に対してどのような印象だったのかを知る為に読む当時の文献資料の様な側面も感じている。冷戦もソ連もスターリンも遠い「過去」の、歴史上の存在になって久しい故に、当時の人間程にこの作品にのめり込む事はできないだろう。しかし、全体主義への道筋とその恐怖は現代社会にも通じるものがある。様々な事柄が細分化され、「イデオロギー」へと昇華した今。様々な全体主義がネットには無数に存在している。誰もかれもイデオロギーに支配される中で、イデオロギーの持つ不寛容に対してどのように向き合うのか。我々は問われている様に思う。

全体主義が人々の前進を停滞させない為に。


公式サイト

https://pie.co.jp/book/i/5560/


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