相対評価と絶対評価。そして私が臨床心理士を諦めた理由。
私には、高校生の頃からスローガンのように掲げている言葉がある。
その言葉は当時の私を救う言葉であり免罪符であり、盾であり武器だった。当時から随分年月を経た今でも、私はその言葉を大事に抱えていて、ときには人に差し出すこともある。
「苦しみは絶対評価」
高校生あるあるかもしれない、思春期あるあるかもしれないが、私は私なりに、ものすごくしんどい時期があった。今は大分ましになったけれども、私の核のどこかにそれはまだ残っているしきっといつまでも消えないと思う。
当時よく言われ、自分でも自分に向かって言っていた言葉があった。
「もっとしんどい人もおるし」「これくらいで甘えてたらあかん」
そして潰れた。頭や理性でいくらそう考えても、私の感情も容量もついてこなかった。こんな風に言うと大袈裟かもしれないし、それこそ他の人の方が云々という話になってしまいそうだけれども、私にとってその『潰れ』は人生を変えてしまうものだったし、周囲に多大な迷惑を数年に亘り掛け続けることになった要因だ。
正直に言えば分かっている。私は私で勝手に自分を追い詰めただけだったと。私は自分の世界を構築してその中に閉じこもってた。妄想(=傍から見たら滑稽なことでも、本人にとっては訂正不可能の信念)に浸って。私は受動的に不幸になったのではなく、能動的に不幸を作り出したのだと。
けれど、それをしてしまう私であるが故に私はそれに耐えきれなかった、というのも事実。
「人生楽しそうでいいねー」「思ったことなんでも言えて羨ましい」とか言われて。今となっては、そんな言葉聞き流すんだけど、当時はもうそれはそれは過敏に反応してたよね。「楽しいと思うなら代わってくれる?」「それを否定できない時点でなんでも言えてないですけど?」みたいな。
しんどいことをしんどいと言えば「被害者面」だの「悲劇のヒロイン気取り」だの言われて。じゃあ健気に笑顔振りまいてる人だけが被害者なんかって。耐えて耐えて潰れるまで耐えなあかんのかって。ずっとそう思ってた。
それこそ被害妄想みたいだけれど、その時に考えた。
「苦しみって絶対評価じゃね?」
人の苦しみは所詮その人しか体験していなくて、その人しか本当の意味では知り得ない。だったらそれと比べることに何の意味がある?
だからといって、視野を限定して閉ざしていいという話ではない。人間は社会的な動物なのだから、孤独になりたいのでなければ社会的な視野を保たなければならない。けれど私は今でも、これをある種の真理だと考えている。
苦しみだけでなく、楽しさや喜びも同様に。
話は少し逸れるが、以前の上司で「被害者意識」という言葉が大好きな人がいた。「なんでそんな被害者意識強いの?」とよく言われた。
私はそれによく返した。「被害者意識持たれてると思うことも被害者意識じゃないですか」と。
事実がどうあっても、「意識」なんて言葉が入った時点で、あくまで主観の話に過ぎなくなる。事実なんて、主観の数だけ存在するのかもしれないけれど。
話を戻す。
かつての私は、その絶対評価である苦しみに、傍からの理解を求めていた。本当の意味で得られるはずはないと考えたからこその絶対評価なのにね。矛盾よ矛盾。
今はもう、私を見て相手がどう感じるか、ということで充分。
けれどそれは今が安定しているからで、また何かの均衡が崩れたら私は戻ってしまうと思う。
だから私は、臨床心理士を諦めた。ゼミの先生の言葉が今も刺さってる。
「人を救おうとする職業に就きたい人は、なぜ自分がそうしたいのかきちんと考えなければならない」
自分を救うために人を救おうとするのは駄目だ。絶対。
そして私はたぶんそうしてしまう人間だ。自分を理解するために、自分を救う方法を知るために臨床心理学を学んだ私は、きっと人のことまで見れない。転移と逆転移を繰り返して、共依存になるのがオチだ。
学問として好きだし、真剣に学んだ。一生携わりたいと思う。けれどそれだけでは駄目だ。
人の人生に深く関与することの意味を、責任を、きちんと考えなければならない。相手に自分を投影する可能性があるなら、それが本当の意味でのカウンセリングになるはずないのだから。
そう考えて諦めはしたけれど、今もまだ未練たらしく色々な文献を読み漁ったりしている。まあ趣味よね。
以上、私のスローガンと、ひとつの道を諦めた理由でした。
なぜ急にこんな話を始めたかと言うと、秋の風がいろいろな記憶を呼んできたからです。
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