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掌編小説⑤「煙」「言葉」「離れ」

おとうさんのケータイがなった。
 いつもおかあさんにするようなはなしかたでデンワをしていたおとうさんをみて、デンワをしているのはおかあさんからなんだろうな。
 おかあさんとはなしたかったけれど、おとうさんはわたしとかわらないまま、デンワをきった。
 そして、わたしとらいねん小がく一ねん生になるおとうとをよんでしずかにいった。

「おじいちゃんが、亡くなった」

 おとうさんのうんてんで、いつもとおるみちをとおって、おじいちゃんとおばあちゃんのいえにむかった。

 おばあちゃんのいえにいくのはいつもたのしみ。
 おばあちゃんのいえにいくと、おかあさんの1ばんめのおねえさんおばさんやふたつとしうえのいとこのおねえちゃんお兄ちゃんにもあえるから。
 このごろいとこのおねえちゃんがミニチュアダックスという犬をかいはじめたから、そのわんちゃんにあえるのもたのしみだった。
 ふわふわの小さなあたまをゆっくりなでてあげるの。

 おばあちゃんのいえには、いつもえがおがたっぷりある。たのしいおもいでもいっぱい。

 だけど、その日はおばあちゃんのいえがかなしんでいるみたいだった。

 げんかんのまえでおばあちゃんやおばさんたちがいつものようにでむかえてくれたけれど、元気のないいつもとはちがったさみしそうなえがおだった。

 いつもみんながあつまるイマには、わたしたちよりさきにきていたお兄ちゃんがいた。いつもあかるく元気なお兄ちゃんは、いまのすみにあるおしいれのふすまにせなかをもたれて、うなだれていた。
 りょうあしをたたんで、ひざこぞうにうでをおいているお兄ちゃん。いつもの元気はなく、おちこんでいるみたいだった。そんなお兄ちゃんをみるのは、はじめてだった。

「おじいちゃんみたいにジュミョウでシにたいよね」
「え?」

 2つとしうえのいとこのおねえちゃんがいった。
 わたしたちは、もういきをしていないおじいちゃんのベッドのまわりで、かなしんでいるおかあさんやおばさん、おばあちゃんたちのせなかをすこしはなれたところでみつめていた。

「ショウライおばあちゃんになってシヌときにどんなふうにシにたいかだよ」
「うーん」

 これからシぬときのことなんてかんがえたこともなかったわたしには、なにがいいのかよくわからなかった。

「ジュミョウでシにたいでしょ」

 きまっているじゃない、とおねえちゃんはいった。おねえちゃんがいうならそうなのかも。

「ジュミョウってなに?」
「としをとってシぬこと」
「どうしてジュミョウでシぬのがいいの?」
「だって、ジコとかビョウキでシんじゃうよりいいじゃん。イタイし」

 イタイのは、ヤだ。

「みんなにみおくってもらえるし。ひとりでシんだりするよりずっといいよ」
「ふうん、じゃあわたしもジュミョウでシにたい」
「やっぱ、そうだよね」

 おねえちゃんがまんぞくそうにいった。

 つぎの日のあさ、一つとししたのいとことふたりで、ヒツギのなかでねむるおじいちゃんをのぞいていた。ヒツギには、かおのあたりに小さなまどがついているから、そこからすこしだけおじいちゃんのかおがみえた。

「おじいちゃんにおはようしようね」

 おかあさんの2ばんめのおねえさんおばさんがきて小さなまどをあけてくれた。2ばんめのおねえさんおばさんは一つとししたのいとこのおかあさん。

「おはよーおじいちゃん」
「おじいちゃんおはよー」

 おばさんがするのをマネしておじいちゃんにあいさつをするけど、へんじはなかった。ねむったままのおじいちゃん。

 それでもわたしたちはおじいちゃんにむかってコトバをかけた。きょうはてんきがいいですよ。あさごはんはたらこでたべたよ。おじいちゃんはいいゆめをみましたか?

 そんなことをはなしかけながら、おばさんはおじいちゃんのかおをやさしくさわっていた。

 いとこもマネをしてさわっていたけれど、わたしはさわらなかった。なんまか、こわかったから。



 カソウバについた。クルマからおりると、たてもののおくから、ソラにむかって、しろくてほそいケムリがみえた。
 おかあさんのおおきなてにひかれて、たてもののなかにはいっていく。

 おじいちゃんは、これから“カソウ”されるらしい。

 おじいちゃんのかおをみられるのは、これで最後だからと、みんなぎんいろのだいのうえでねむっているおじいちゃんのかおにてをあてていく。
 おでこ、ほっぺた、くちびる、はな、まぶた。
 わたしは、そんなかぞくのみんなを、どこか一ぽひいたところで、ジッとみつめているだけだった。

「ほら、あなたも。おじいちゃんにさよならして」

 おかあさんにそういわれて、おそるおそるのばしたてのゆびさきで、つめたくなったおじいちゃんのおでこにちょんとさわった。
 すると、おかあさんはそんなわたしのうでをぐいとひっぱると、もっとおじいちゃんのおでこにわたしのてのひらをあてた。
 わたしはてのひらにくっついてのこるようなおじいちゃんのつめたさをかんじながら、ゆっくりとのばしたてをじぶんのむねのほうにもどした。

 そうしたら、いままで一どもながれなかったナミダが、するりと、ふたつのめからおっこちてきた。
 めのまえのおじいちゃんがゆらゆらとゆれてみえなくなってくる。
 めのあたりがあつくなって、はなはツンとするようにいたくなった。くるしい。

 どうして、いまだったンだろう。
 おじいちゃんがなくなったたことをきいたときもなかなかった。
 なくなったあと、ベッドによこになっているおじいちゃんをみたときもなかなかった。
 そのまわりにあつまってないているおかあさんたちをみているときもなかなかった。
 ヒツギのなかでねむるおじいちゃんをみたときもなかなかった。
 おソウシキのときもなかなかった、のに───。
 どうして、さいごにおじいちゃんにさわったときだったんだろう。

 かんがえてもナミダはとまらなくて、おかあさんのくろいふくのはしをぎゅっとつかんでもっとないた。

 しばらくして、しろいほねのまえにながいぎんいろのおはしをもってたっていた。
 みんなはこれをおじいちゃんといっていた。
 おはしとおはしでうけざらのうえにあつめていく。おじさんからおはしでまわされたおじいちゃんのほねはおもかった。

 fin

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