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短編小説 「推し活と女子」

いつもの駅前のファストフード2階席の、いつもの窓際。シェイク飲みながら推しのアクスタをテーブルにおいて喋っていた。
いつも通り、とは言えなかった。目の前の郁ちゃんは、アクスタを出さなかった。なんとなく一人でアクスタ出すのも変な感じがして、バッグにそっとしまった。
何か言いたいような表情に、本当に嫌な予感がした。話させないように、わざと明るい声で話した。
「郁ちゃん今度のラグフェス行くよね。今度のフェスってカズの誕生日だし、絶対にカズ推しが集まるし」
「るみ、あのね…?」
「慧人推しは次のフェスに集まるかなあ。うちら来月行く?あたしは来月のバイト代入るまでお母に借りれば」
「るみッあのね?」
「…ごめん」
「ううん、こっちこそ、ごめん」

眉間にしわがよっている郁ちゃんを見て、胃がぎゅうっと掴まれたみたいに気持ち悪くなる。
「ラグフレイ」。郁ちゃんとあたしが推してるアイドルグループ。ラグフェスは、メンバーの誕生日あたりでファンクラブの会員向けに開催される小さめの箱でやるライブ。
郁ちゃんはカズ推しで、あたしは箱推し寄りのカズ推し。その推しの誕生日に開催するライブに行かないなんてファンとしてありえない。

「るみ、私、これから、ラグフェスにはもう行けない」

ありえないことなんだ。

「…彼氏が、駄目って言ってるの?」
「違うよ、えっと、違うっていうか、嫌そうではあるけど」
「じゃあ大丈夫じゃないの?」
「…大丈夫じゃない。」
「じゃあなんで?」
少し前に、郁ちゃんに彼氏ができた。告白されて付き合い始めたらしく、それまでは生涯カズだけって言ってたのに。
彼氏ができてからも、カズが一番だ、カズ優先って、言ってたのに。
あぁ駄目だ。はっきり理由を言わない郁ちゃんに苛ついてしまう。目を泳がせて困った顔をしている郁ちゃん。悲しいのは裏切られたあたしだよ。

「…彼氏じゃなくて、私が、もう行きたくないの」
「なんで?」
「カズはファンとして好きだけど、でも今までみたいには…。…彼のこと、裏切るみたいで…」
「カズは良いの?彼氏優先して、カズは裏切ったってならないの?」
「るみ、もう現実見よう?」
「カズも現実だよ?」
「カズは、抱きしめてくれないよ?」
「…一生推すって言ったじゃん」
「…ごめん、るみ。好きな人できたら、もう…」

そこからは、もう何も話さなかった。話せないまま、駅で解散。どうやって帰ったかも覚えていない。いつもなら、次の推し活とか話すのに、何も計画を立てなかった。
家に帰ってからも、ベッドに寝転がったまま、胸につかえた何かを持て余していた。
スマホを開けば、ライブ会場の大きなポスターに映るカズと一緒に撮った写真が出てきた。郁ちゃんも私も、うちわやタオルを持っている。最高にオシャレして、その日のためにネイルサロンや美容室に一緒に行って、推しカラーの赤を爪や髪にと、全身に散りばめていた。

『るみ、もう現実見よう?』
『カズは、抱きしめてくれないよ?』

何故か悔しくて、涙で滲んだ視界に映る郁ちゃんと一緒に撮った推し活の写真を消していく。
そしたら、どんどん写真がなくなって、半分になってしまった。


「お疲れさまでしたー」
「はーい、また明日もよろしくねー」
バイト先のコンビニで最後にジュース買って、家に帰る。いつもより、仕事時間がとてつもなく長く感じた。専門学校の通学バッグも、物凄く重い。
いつもなら帰り道はすぐにスマホ開いて、カズや他メンのSNSチェックして、郁ちゃんと情報交換して、家への帰り道だって立派な推し活時間だった。
でも、そんな気にもなれなくて、足元だけを見て歩いた。家への道も、遠かった。



あれから2ヶ月くらい経った。
いつも推し活でカズのグッズを購入している私は、ラグフェスのチケットを簡単に取れた。でも今回は、シングルでチケットを予約したことも大きかったんだと思う。3人組で予約している人の隣とか、とにかく空いている場所に入るみたいにお一人様を使われたんだと思う。わかんないけど。
フェスに行けば、カズ推しの仲間がいるから。別にシングルで参加しても全然大丈夫、寂しくない。

『今日はありがとーーー!!!』
「カズーーーー!!!」
「おめでとーーー!!」

いつもどおり黄色い声援で満たされたフェスはカズメインで構成されていて、アンコールはカズのソロ壇上。私の周りのカズ推しの女子たちには本当に天国のような一日だった。

ペンラだって、赤メインで、本当に楽しかったんだ。


家に帰る時の電車の中は、ラグフェス帰りの女の子でいっぱいだった。まだライブ会場から近いし、ライブ後のいつもの風景だった。私以外は。
いつもライブの後は、周りの女の子たちみたいに、まだライブの熱が冷めなくて、今日のカズはめちゃ良かったとか、郁ちゃんと二人で語っていた。
でも今日は、一人で窓側に立って、外ばかり見ていた。今日も相変わらずカズは最高にかっこよかったし、ラグフレイのみんなもかっこよかった。
なのに、なんでこんなにも心が盛り上がらないんだろう。いつもあんなに楽しかったのに。
いつも郁ちゃんと一緒だったからだろうか。なんで郁ちゃん、彼氏なんか作ったの?なんで告白したんだよ、彼氏の野郎。
あぁ、また郁ちゃんと推し活トークしたい。目尻が熱くなって、唇が震えた。

もう少しで乗り換えという駅で、郁ちゃんが電車に乗ってきた。郁ちゃん遅いよ、と、思わず声をかけそうになった。
郁ちゃんは、黒のトップスとベージュのタイトスカートで、キレイめにコーデしていた。いつも推しカラーの赤をどこかにつけていたのに、最後に話したあの日みたいに、赤はどこにもなかった。
そして、郁ちゃんは一人じゃ、なかった。隣に、背の高い男性がいた。写真で一度見せてもらった、郁ちゃんの彼氏だった。

郁ちゃんと、目があった。郁ちゃんはすぐに目をそらした。気まずそうだ。私の格好から、きっとラグフェスの帰りだって、すぐわかっただろう。いいよ、私だって話しかけないし。こんな日に彼氏に連れられてカズに会えないとか、可哀想すぎる。

「すごい盛ってる女子がたくさんいるんだけど、何かのコンサートの帰りとか?」
「そう、かもしれないね・・・」
「凄いね・・・。郁も昔はあんなふうに着飾ってた?」
「少し、ね」
「そうなんだ、見たかった」
「え、ホントにそう思う?」
「青とか、似合いそう」
「わ、嬉しい、今度青系着てみようかな」

見なくても二人が笑顔で話していると目に浮かぶくらい、明るい声だった。
何言ってるの、郁ちゃんは赤だって。カズのメンカラなんだから。それが一番郁ちゃんに似合ってるし。
電車の中だってどこだって、アクスタ持って二人で写真とか撮って、楽しかったんだ。

あんたが、入るまでは。

ポケットに入れていた、カズのアクスタをぎゅっと握りしめて、叫びたいのを、我慢した。

私の中で、カズが好きなのはまったく変わらない。
女の子みたいにきれいなアーモンド形の目とか、すっと通った鼻筋とか、笑った時のくしゃっとなる目尻とか、サーモンピンクの唇とか。
少しハスキーが入った声とか、めちゃくちゃ良い人キャラなところとか、すぐに一人になる慧人のところに自然な感じで寄り添うところとか、トーク中に喋ってないメンバーがいるとすぐに気付いて輪にいれるところとか。
ダンスだって本当に上手で、一番上手なのはリクだけど、でもそれ以上にダンス中の表情とか、詩に合わせた表情とか、本当に魅入るって雑誌にも書いてあったし、定評あるし。

カズの良いところ語らせたら、郁ちゃんとはオール出来るくらいだし。

乗り換える駅に着いた。電車から降りてゆっくり歩いた。
いつもなら郁ちゃんも降りるはず。少し待つみたいに、止まってみた。なのに、郁ちゃんは降りなかった。夕日に照らされたホームで、あたしは歩く人の波に乗れなくて、ホームに立ち尽くす。
電車のドアが閉じた。進み始めた電車を振り返ると、郁ちゃんと、また目があった。悲しそうな目で、こっちを見てる。
スピードを増す電車。すぐに、郁ちゃんの姿は見えなくなった。

おいて、行かれた。
何に置いていかれたのか。
電車?郁ちゃん?
彼氏ができたっていうステータス?
まだ、推し活している私が、駄目なの?

吐きそうな思いが、心臓の辺りをいっぱいにする。心臓だって、病気?っていうくらい、本当に痛い。

まだ、足が動かない。ポケットの中のアクスタを握りしめていた手をそっと開く。
真っ赤に染まった手のひらに、白く線が付いている。

これが、惨めって、いうのだろうか。
この惨めさがどこからくるのか。
この泣きたいくらいの胸の痛さは何なのか。

まだ、答えは出ない。

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