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【ショートショート】 時を駆けた元少女

「 ──いや、マジで。本当に私のママうるさくって」
「ウケる。それで門限十七時になったの」
「そう。ヤバすぎるでしょ。そもそも部活終わったら十八時前なのに、十七時門限とかどういうことなの」
「もう時空を超えて帰ってこいってことじゃないの」

 何かあったよね、そういう話。何それ、聞いたことないけど。え、知らない?嘘だあ、待って調べるから。

 駅構内、チェーン展開されているカフェにて。隣の席の女子高校生たちが、他愛のない話しをしている。
 別に聞き耳を立てているつもりはないが、そんなに広い店内ではないため席はそれなりに近く、相互に意図せずとも話していることが聞こえてくるくらいの距離感ではある。

 制服の真新しさから見るに、この春に高校生になった子たちだろうかなんて思いつつ、そのささやかな賑やかさを静かに見守る。

 ほんの数年前まで、私もあちら側にいたのになあなんて思いながら、ストローに口をつけてぐびりとアイスコーヒーを飲んだ。

 何でも見た目から入りたがる私が、アイスコーヒーをブラックで飲むようになったのはほんの数ヶ月前のことだ。

 実のところ、まだその美味しさがよくわかっていないけれど、「ブラックコーヒーを飲んでいる私」が好きだから、私は今日もミルクやガムシロップを受け取らずに、一口ずつブラックの苦味に口の中を浸す。

 一つのスマホを覗き込んで、ああでもないこうでもないと続けている彼女たちを、見るともなく見る。

「えー、あったよ。時空超えちゃう高校生の話」
「聞いたことないって。何?小説?ドラマ?」
「多分アニメ。映画になってたはず」

 まだその話題だったかと、口を挟みたい衝動を堪える。ああ、きっとあの作品だろうなあなんて思いながら、彼女たちよりも先にたどり着いた答えを前に、まるで自分が時を駆けたような気分になる。

 本当に、そんな気持ちだ。

 ついこの間まで、高校生だったのに。
 そのはずだったのに、ふと気がついたら高校なんてとうの昔に卒業して、今や就職について考えるような時期になっている。

 春。
 私は数年後、一体どこで何をしているのだろう。

 未来のことを思って不安になる気持ち半分、過去のことを思ってその遠さに寂しくなる気持ち半分。時間の不可逆が身に染みて、今この瞬間、ここはこんなにも明るいのに、ブラックコーヒーはまだまだ苦い。

 新たなお客さんの入店で、自動ドアが音もなく開き、ふわりと春の風が店内を巡る。

 隣の席の少女たちは、まだ彼女らの求める答えに辿り着きそうにない。

 私の中には、きっと一年後も五年後も、今抱いている「この春の言葉にしきれない気持ち」を思い出すのだろうなという、確信のない予感が、ある。


(1104文字)


=自分用メモ=
駆け抜ける春。いつだって目まぐるしく変わる「今」に翻弄されて、気がついたらどんどん周りの環境や見える景色は変わる。私自身は、さほど変わってないのにね。
そんな、春特有の物思いにきっかけを得て書いた。

卒業生から、ちらほら近況報告が入る。その変化や手に入れた安定をただただ嬉しく思いながら、私も少しだけ時を駆けた。


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