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心・意識について

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必要なことは起こる/自分たらしめるもの

年末にひさびさにアート鑑賞してきました。 オラファー・エリアソン展 <相互に繋がりあう瞬間が協和する周期> アート鑑賞するときは大体2パターンある。 ① 事前に展示会内容を調べて行く。 ② 何も事前調査せず行く。 今回は②だった。 そして、実際、作品を見ていても説明書きは全然読まずに その場で気になったものをじっくり見るスタイル。 一番最後に、オラファーさんのインタビュー動画が流れていた。 HOW(どうやって)ではなくWHY(なぜ)で考えることで 答えは見つか

やればみんなできるんです/継続は力なり

かなり遠慮しがちにnote.comを始めたのが、2020年8月。 始めた目的は、 もともとやっていた写真を表現するにも、言葉って大事だなと思い練習を兼ねて、 写真メインで言葉を添える形でスタート。 やっていくと、わたしには言葉にしたい思いがたくさんあるんだなと思い もっと書こうと、文章にするも、 書いていると、別の言いたいことも被さってきて、着地点が分からなくなったり、 しっくりくる言葉が出てこなかったり、 人の目を気にした文章になると、自分の言いたいことが伝えられな

こんな感じで、ひょいっといきたい。

「自分が輝けば、光は周りに伝播する。周りを照らすことができる。」ベッド下に置いたコップに、朝日が差すのを見て、そんな意味を受け取った✨

上を向いて/雲の上はいつだって晴れている

受け取るのも愛/循環が始まる

とかくわたしたちは、 「何かしてあげよう」 「何かあげよう」 ということに、フォーカスが行きがち。 それは、言葉にすると与える行為。 だから、分かりやすく人の役に立っているように ”みえる”。 例えば、 川、雲、四季、生死 自然を見ても分かるように、 全ては流れ循環しているんですよね。 地球が循環の星だから、 その地球上にいる全てのコト・モノも循環している。 だからね。 受け取るという行為も、与える行為と同じ 愛の行為。 受け取るのも、相手に愛を与える行為

「自分自身を愛せば、世界はあなたを愛すでしょう」

この本を買ったのは、10年以上前。 世界が変わる、ハートの魔法 著者 : アラン・コーエン 写真付きのメッセージ本なのですが、 当時は意味が分からなかった。 きっと、何か本質的なことを言っているのだろうが、当時はなんだか深過ぎて理解できなかった。 面白いですよね。 今は、視点が全然変わって、理解できている自分がいる。 こんな変化があるから、人生は面白い。

自分が先、世界はあと/だから、まずトイレに行こう

わたしたちがいるこの世界は、とってもシンプル。 「自分を大切に扱ったら、世界は自然と優しくなる。」 たったこれだけだったんですよね。 本質ってめちゃくちゃシンプル。 ただ、観念や制限をたくさん持ちあわせているわたしたちにとって、こんなシンプルなことが、 難しい、理解出来ない等、抵抗する感情が出てくるんですよね。 確かに、今、観念や制限ガチガチな状態にいると、遠い道のりのように感じるかもしれない。 でも、あなたが望めば理解できる、腑に落ちるときが絶対にくる。 「自分

可能性しかない

もう十分頑張ってきたから。

"頑張る"や"努力"はもういらない。 もう何年もわたしには縁遠い言葉たちです。 会話の中で軽く使いがちな言葉だけれど、もう時代というか今の時代のエネルギーに合っていないと感じます。 好きなことをしていて、頑張れてしまう。知らずに努力していた。 という話ならいいのですが、 頑張るや努力をする目的が、 立場的に。 周りが見ているから。 どう評価されるか分からないから。 自分は足りていないから。 誰々さんはあれだけやっているから。 というのは、もう終わりでいいんじゃない

愛について

人はいろんなモノを失ってはじめて、最終的に愛しか残らないことを知る。 物質的豊かさや思考に隠れて、愛が見えなくなっているけれど、不要なものを削いでいったら、最後は愛しか残らない。 愛と聞いて、何を壮大なことを言い出したか とか、こそばゆい感じと思ってまうのは、日常で “愛” を感じていないから、意識的に使っていないから。 わたしたちは、そもそも愛の存在だと言われます。 また、宇宙の中で愛がないものは、存在自体できないのではないかと思います。 愛がないものは存在していな

望む人生は、誰でも生きられる

金銭的にも豊かで、仕事、パートナーシップ、も順調で望む人生を送っている人たちと、 毎日、時間や支払いなどに追われ、制限の中で生きている人たち。 望む人生を生きてキラキラしている人を見ると、 そうではない人たちは それができるのは、その人が 「特別だから」 「能力があるから」 「わたしには無理。」 と、境界線を引きがち。 彼らを上げ、自分を下げ、勝手に格付け。 自然と自分を見下してしまう。 これはわたしたちのよくない癖ですね。 でもね。これ。 両者とも、もともと

本来の自分で生きる/ ハイヤーセルフからの生き方

見えない壁/思い込み

わたしたちは、元から自由であるということ。 先日、インスタグラムを見ていたら、 ある動画が目に止まりました。 紙にボールペンのようなペンで、円が描いてあり、その中にアリくらいのサイズの虫が円の外に出られずにいました。 線まで行っては出られないなぁと引き返す、という動作を繰り返していたんです。  そこに壁はありません。 ペンのインクの成分が苦手だったかどうかはさて置き、わたしたちはこの虫と同じだと思いました。 そこに壁などないのに、出ることができない。 それはなぜ