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精神病だと無罪なのか?−刑法上の責任能力、責任無能力と限定責任能力、心神喪失と心神耗弱。

凄惨な事件の高裁判決が出ました。下に゙記事を載せておきます。

SNSなどでは、やはりこの「責任能力」「刑法39条」について、多くの意見が飛び交っています。

そもそも責任能力という制度や、心神喪失・心神耗弱という法律的概念が何を意味するかを知らないで、意見を発信している人も多いように思います。

この制度に賛成するにも反対するにも、やはりこの制度の趣旨や仕組みを知った上であることが望ましいと思います。

今回の判決を契機に、ある程度まとめてみましたので、宜しければご一読ください。どうぞ宜しくお願いいたします。


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2審も被告に「無罪判決」神戸5人殺傷事件「妄想の圧倒的影響下にあった疑い払拭できない」『心神喪失疑い』で刑事責任能力なしと再び判断 大阪高裁が検察の控訴棄却(MBSニュース)

上のような事件、判決がありました。
5人を殺傷した被告人が、責任能力がなかったとして、刑法39条1項により、無罪となりました。

ご遺族や関係者の方々においては、怒りと悲しみに包まれている状態かと拝察します。

SNSなどでは悪名高くなってしまった、この「責任能力」という制度、そして「刑法39条」。刑法はどのような趣旨で、このような規定を置いているのでしょうか。

刑法においては、構成要件に該当し、違法である行為についても、責任が備わっていなければ、犯罪は成立しません。この「責任」とは、行為者を非難するための要件です。その行為が、構成要件に該当し、違法であっても、その行為について非難することができなければ、犯罪とはならないのです。すなわち「責任」とは、行為に対する非難ないし非難可能性を意味します。ですので、その行為当時に「責任(能力)」が存在しなかった場合には、その行為を刑罰をもって非難することができないということになります。

ここで、SNSなどでよく語られている概念である「責任能力」について見てみようと思います。

責任能力とは、一般的には、

①行為の事理を弁識し、かつ
②その弁識に従って行動(行為)する能力

とされています。

①を、事理弁識能力
②を、行動制御能力

と呼びます。

この、①事理弁識能力か、②行動制御能力が全くない場合を「責任無能力」と呼び、刑法39条1項により「心神喪失」として、犯罪は不成立となります。

そして、①事理弁識能力か、②行動制御能力が著しく減退している場合を「限定責任能力」と呼び、刑法39条2項により「心神耗弱」として、犯罪は成立するが、その刑が必ず減軽されることになります。

そのような、責任能力の判断方法としては、生物学的方法と心理学的方法を併用する「混合的方法」が、判例および通説において採用されています。この判断方法は、心理学的要素に関する判断を、精神障害の有無・程度の判断と組み合わせることにより、責任能力の判定に科学的基礎を与えることを可能とします(「刑法講義・総論」井田良、p404参照)。

生物学的要素として、統合失調症や双極性障害が挙げられます。精神病の代表的なケースです。

また、意識障害として、酩酊が挙げられます。単純酩酊では完全責任能力、異常酩酊のうち、複雑酩酊であれば限定責任能力、病的酩酊であれば責任無能力が認められるのが原則となっています。

更には、精神の変性として、知的障害および反社会的パーソナリティ障害などが問題となり得ます。

精神障害のため、自己が現に行っている犯罪行為の違法性を全く意識・理解できていないか、それを意識・理解できていたとしても、当該犯罪行為に出ることを、自己の意思ではどうやっても止められないような場合、それが心神喪失という状態であり、その者を責任無能力者と呼びます。

心神喪失状態にある責任無能力者は、①犯罪の規範に直面していないか、②直面していたとしても、犯罪行為に出ることを思いとどまることが病的に不可能な状態にあります。このような場合、その者の犯罪行為に対して「そのような違法行為をしてはだめではないか!」と非難することは不可能です。そのため、「心神喪失者の行為は罰しない」(39条1項)とされているのです。

心神耗弱の場合は、①事理弁識能力、もしくは②行動制御能力が著しく減退しているというものなので、非難可能性が全くないとはいえないが、完全責任能力者が犯罪行為を行った場合に比して非難の度合いが低減するので、犯罪は成立するものの、必要的に刑が減軽されることになるのです。

以上が、責任能力に関する問題点と、その考え方です。

ここで考えてほしいのは、先述しましたように、精神病の場合のみならず、酩酊の場合でも、責任能力は問題になるということです。

SNSなどでは、責任能力の話は、あたかも精神病の方だけに関係するものだと思われている方を多く見かけます。また、精神病であれば、それ即ち心神喪失、責任無能力、よって無罪だ、と考えておられる方も多いように思います。しかし、全くそんなことはないのです。

多くの方々が日常楽しんでいる「飲酒」という行為からも、その酩酊状態により、心神喪失や心神耗弱になり、責任無能力や限定責任能力になる可能性もあるのです。

いわゆる「原因において自由な行為」が妥当しない状況であることを前提とすれば、病的酩酊に至った状態で、周りにいる人を殴ったり怪我をさせたりしたとしても、心神喪失による責任無能力者として、暴行罪や傷害罪は責任阻却されて、犯罪不成立となります。

このように、責任能力の問題は、なにも精神病の方々のみに妥当する話ではないのです。また、精神病の方々が全て責任無能力や限定責任能力だということでもないのです。


ということで、長くなってしまいましたが、責任能力の話は、一度はしっかりと学んでおくべきテーマなのかなと思っています。
これを機に、知ろうと思ってくださる方が一人でもいらしたら、本当に幸いです。


それでは今回はこの辺で!




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