まい@キューティクルNY

まい@キューティクルNY

最近の記事

【秋の記憶】

男は、爽やかな秋晴れの空を見上げた。 雲ひとつ無い、吸い込まれるような青さに目を細める。 あれから、長い年月が経っていた。 男は金貸し業から足を洗い、自ら新たな道を切り開いた。 決して楽な道では無かったが、それでも気持ちは軽い。 笑う事すら忘れて死に物狂いだったあの頃に比べれば、随分と普通に笑えるようにもなった。 「…懐かしいなぁ。」 思わず呟いた自分の言葉に、フッと笑う。 こんな自分が、感傷的になっているのが何だか可笑しかった。 長い年月を経て、その街の景色は随分と変

    • 【夏の喧騒】

      男は苛ついていた。 今年の夏はやたらと暑い。 流行っているとは言えないキャバクラの空調は弱く、ジメジメと蒸し暑い。 今日の“仕事”相手であるキャストの隣で、彼女の作った酒を一気に煽る。 「キャー!良い飲みっぷり! ねぇねぇもう一本ボトル入れちゃう!?」 「お前なぁ、俺が何しに来たか忘れてないか?」 「もう〜つまんないなぁ。ちゃんと返すから!ねっ今は楽しく飲もうよぉ〜。」 「こんの…ホスト狂いが!」 危機感の欠片も無い彼女の態度に、男は溜息をつく。 「なあ、ちょっとは真面

      • 【春の再会】

        軽く舌打ちをすると、男は携帯をポケットに突っ込む。 今日何本目か分からない煙草に火をつけて、大きく煙を吐き出した。 大通りから少し外れた路地裏には、人通りもなく今にも崩れそうな長屋やアパートがひっそりと並んでいる。 その先に見える、場違いなまでに美しい花を咲かせた桜の木々が、男を一層憂鬱な気分にさせた。 男は桜が嫌いだった。 一瞬で散るその花のために、必死で花見をする奴らがバカバカしかったし、何よりもその花が連想させる“出会い”や“別れ”…そんな感傷的な雰囲気が嫌いだった

        • 【真冬の出会い】

          少年が、どんよりと曇った空を忌々しそうに見上げる。 「うう、クソ寒ぃ…」 そう言って小さく身震いすると、両手をポケットに突っ込んで歩き出す。 ふと、小さな人影が視界に入り立ち止まる。 「あのチビ、まだいる…?」 家電量販店の前、展示用のテレビが並んだショーウィンドウに顔をくっつけるようにして、一人の女の子がしゃがみ込んでいた。 「おい。」 少年は思いつく限りの優しい声で、呼び掛けてみた。 「?」 小さな人影が、きょとんとした顔でこちらを振り返る。 真冬に似つかわしくない

          【オリジナル作品第1弾】

          “カタカタカタカタカタ…” “カタカタカタカタカタ…” 真っ暗な部屋に、キーボードをタイプする音が響く。 パソコンの液晶画面が放つ光が、少年の顔を青白く浮かび上がらせている。 『アイツだけは、絶対にユルサナイ』 『コロシテヤル』 『コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス…』 少年は、キーボードが壊れそうなほどの力を込めて、その単語を繰り返しタイプする。 同じ文字列で埋め尽くされた

          【オリジナル作品第1弾】