mai takahisa

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編入④

合う、合わないの話なのか こちらの心配をよそに、学校生活にうまく馴染んでいる。 編入して約一ヶ月になるが、学校に一緒に行くものの朝の時間が始まるタイミングで帰宅している。 朝の準備が終わるとそれぞれ遊びだすのだが、そこはまだうまくいかない。朝の過ごし方が身に付いている子と比べると、致し方ないことだろう。 ただ、みんな特定の子と必ず遊ぶわけでもないし、一人でノンビリ過ごす子もいる。娘もその時によってだいぶ違うようだが、それでいいんだと思えるようになったらもっと楽になるだろう。

    • 編入③

      「楽しい」をそのまま信じて良いのか 編入が決まった頃、不登校時代にずっと助けてくれた友人(彼女もその子どもも不登校経験者)から言われたことがある。 「次の学校で困ったことやストレスがあっても、親に心配かけたくないから楽しいフリをするかもしれないから気をつけて」 確かに。 娘は巧妙な嘘をつくことがある。通っていた学童に行けないとわかったとき、主演女優賞並の演技(間も言い方も完璧)な嘘をついたことがある。 さすがにその前の話の文脈から嘘だと気付いたが、もしかして私以外が聞いてい

      • 編入②

        0からの出発 早起きに慣れていないこと(10時間は睡眠時間とってるが)、電車通学の緊張、新しい環境への戸惑いなどなど、みんなが4月に体験したことを現在体験中。 月曜日リセットされるかと思いきや3時間目が始まる段階で「帰って大丈夫」と送り出してくれた。さらに翌週も魔の月曜日ではあったものの1時間目の途中で送り出してくれた。徐々に私が校舎を出る時間は短くなっている。 不登校となった前の学校との違いはこんなところ。 ・朝、仲の良いお友だち兄弟と一緒に通えるから楽しい →前の学校で

        • 編入①

          9月1日これまでの人生の中で9月1日がこんなにも大事だったことはない。 不登校になってから3ヶ月半(夏休み含む)、新たな一歩を親子ともども踏み出した。 娘の編入した学校は規模も大きくなく、先生も生徒もみんな顔見知りのようなところ。 全校生徒の前で自己紹介。クラスに入ってからは紹介するだけでなく娘目線で、さらにみんなが娘に興味を持てるよう先生がたくさんの仕掛けをしてくれた。 実は娘が編入する前に言っていたことがある。 前の公立小学校でGW明けに転入生が入ってきたそうだ。担任

          不登校の夏休み3

          夏休み。 4月に入学する前は初めての小学生の夏休みをどう過ごすのか。私の職が職だけに自由研究は思いっきりさせてあげたいなぁ、とか。学校のプールでスイミング通っている娘が少し得意げになって自信がつくかもしれないなぁ、とか。 そんなことを思っていたけれど、結果的には5月半ばから3ヶ月もの夏休みとなった。 ここまでくると「インターナショナルスクールの夏休みと同じじゃーん」も開き直ったりしてみた。 不登校児にとっての夏休みとは 学校の学童にも行けないし、今までと生活変わらないじゃな

          不登校の夏休み3

          不登校の夏休み2

          不登校の夏休み1 こちらからの続き 公立小学校に求めることその後、転校届の提出と成績表とアサガオと残ってた道具を受け取りに教員室へ向かった。 前週にもらった転校届には「事由」の欄があり、一言「私立編入のため」でも良かったのだが、下駄盤が校長まであったので、ここで言わなきゃ不登校の要因不明、勝手に来られなくなっていなくなった子とされてしまう!と考えて以下のように枠はみ出して書いておいた。 「入学時のクラス分け(同じ保育園多数入学したが一人もクラスメイトがいなかった)に対する

          不登校の夏休み2

          不登校の夏休み1

          9月からの所属先も決まり、さらに通っていた小学生が夏休み突入したため、心身ともにかなり安定してきている。 終業式の日、私は娘が通っていた公立小に荷物を取りにいったのだがそこでのモヤモヤを吐き出してみたい。 私立編入します私立の合格通知が来て数日後、通っていた小学校に電話して副校長に伝えた。副校長と直接話す機会は持てなかったが、スクールカウンセラーが副校長にはすべて話していると言うので、名前を告げて編入が決まったから転校の手続きを教えてほしいというと「担任から連絡させます」と

          不登校の夏休み1

          不登校11

          先日、第一志望の私立小学校の編入試験を受け、無事合格した。 娘にそのことを伝えるとこちらが驚くほど喜びを爆発させた。 「合格したー!!!」「新しい小学校に行ける!!!」「もうあの学校に行かなくていい!!!」 などの言葉を叫んでいたのだが、これを聞いて娘のなかで現状への違和感と不安が垣間見えた。 なぜ嬉しいのか 今回の編入試験では、テストだと伝えて挑んだ。テストは合格と不合格があることを知っていて(おそらく、SPAY✕FAMILYの影響)、終わってからもソワソワしていた。 「

          不登校10

          娘が行き渋りを始めた頃からさまざまな情報を得ようと必死だった。 今となっては「?」というものもあるのだが、とりあえず読んで助かったものを挙げていく。 不登校のタイプ 家庭教師キズキ家学 何が起きているのかまったくわからず、暗中模索の中で見つけたもの。 家庭教師をお願いしたわけではなく、参考にしたのは不登校のタイプとその経過(混乱期とか安定期とか)。 そもそも分類というのはキレイに分かれるものではないので、これとこれが当てはまりそうだなぁと思いつつ、とにかくひどかった母子分離

          不登校9

          今後についての光が射してきたところで、娘の状態を記録しておく。 これまで記してきたことと重複するが、まとめておきたい。 1、不登校の入口(いわゆる行き渋り)直前 GW〜GW明け1週目 ・自宅を出るが、ママに会いたくなったと行って歩き出して3分ほどで帰宅する。 ・腹痛、目の痒みを訴えて、一日2,3回ほど保健室に行く(保健室からの連絡が増える) ・金曜日に前日泊まった祖父母が一緒に登校する。学校が近づくと顔がこわばっていたらしい。そして暗い顔で校舎に入っていったとのこと。 2

          不登校8

          不登校になってすぐに行ったのが選択肢を増やすことだった。 選択肢を増やしたい 学校に行けない、でもこのまま自宅で過ごし続けることがいいとは思わない。娘が楽しめる場所を探さなくてはと考えた。 もちろん復学することも含めての選択であるが、これまでの学校の対応を考えると復帰するまでどのくらいの時間がかかるかわからない。また、復学したとしても、本来ならばお友だちと遊びたい、学びたい、先生と交流したい娘は、何かを我慢しなくてはならず、我慢の先にはまた蕁麻疹や過呼吸などの症状が現れるの

          不登校7

          前回、改めて学校への対応について書いたが内々で文句を言っていても埓があかないので、担任に面談を申し出た。 初の担任らとの面談体調不良、付き添い登校、給食前お迎えとなったのが5月16日。完全不登校となったのが5月26日。今回の面談は完全不登校になってから20日ほど、不登校の入口に立ってから30日ほどして、初めての面談である。 今回行われたのは、担任、学年主任、私と旦那の四者面談。電話で私から面談を申し出た際、「改めて現状の確認と今後の対応について、でいいですか?」と問われた

          不登校7

          不登校6

          頭の整理を含めて、学校対応について記しておく。 学内の共有体制のなぞ 校舎を見ると蕁麻疹、教室入れず、給食前お迎えといった不登校の入口に立ったとき、担任とは顔を合わせていた。 もちろん、時間のない中で少し会話をするくらいだだったが「普通に元気でしたよ」「休み時間はずっと折り紙楽しんでましたよ」といった内容だった。 この状況、普通かなぁ?ほんとに楽しんでやってたことなのかなぁ?と疑問に持ちながらも、学校に来ていることで特に電話などはなかった。 初めて行きたくないと言って休ん

          不登校5

          不登校になってから、そろそろ2週間が経とうとしている。 激動の1週間目、不安定だった2週間目。ここ最近、急激に安定してきたように思える。 フェーズが変わった?数日前、クラスの子に言われた「くさい」という言葉。これを号泣しながら話したあとから変わったように思える。 もちろん、まだ不安定なこともあるが、それでも私がいない時間も安定して過ごせるようになってきた。 フェーズが変わったと思うこととして、「新しい学校に行きたい」と言い出し、それをまわりにも伝えだしたこと。自分の中で嫌な

          不登校4

          教室内のことは実際に見ていないから私は判断することはできない。 ただ、娘は教室に入れなくなった。 娘から聞いた話を記す。 入学早々にあったトラブル 不登校になる前からよく名前が出てくるクラスの子がいた。 最初の席で後ろに座っていて、初めて声をかけた子だった(以下、○○)。 入学して数日後にちょっとした行き違いがあったようで、娘が謝ると「しつこい」「明日になったら許してあげる」と言われ、ショックを受けた娘は「学校行きたくない」と号泣した。 私はすぐに連絡帳に書き、担任からは本

          不登校4

          不登校3

          学校側の対応への不満(仕方ないことと今は思っているが)ばかりが多くなりがちだけど、こちら側もやっちまったなぁということはある。 お稽古のメンバーが変わってた! 小学校終わって学童に行って、そのあとは平日はお稽古ごとに行かせていた。お稽古ごとがある場合は学童は早退させていたので、保育園のときよりもむしろ楽になっていると考えていた。 今考えると慣れない生活の中ではキツかったのだと思う。一応言い訳をすると、クラスでともだち0からスタートしていたためサードプレイスとしてこれまで長