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映画評#4 「日本のいちばん長い日」

戦争関連作品とわたし

 わたしは戦争の頃を全く知らない世代ですが、どういうわけか、幼少時から戦争にかんするトピックに関心を示す子どもでした。
  小学生の頃、国語の教科書には戦争関連のお話がかならず1篇以上掲載されていました。毎年4月になって学年が上がり、新しい教科書が配られると、すぐに戦争のお話を読むのがわたしの春の習慣でした。
 低学年時の教科書に載っていた「かわいそうなぞう」や「おかあさんの紙びな」、すこし学年が上がってからは今西祐行「一つの花」、原民喜の詩「水ヲ下サイ」。
 教科書では一部しか読めない作品も多かったので、図書室で原作を見つけ出して、全文を読んだりしていました。中学にあがってから登場した山川方夫の「夏の葬列」はけっこう衝撃的な戦争サスペンス物で、覚えている方も多いのではないでしょうか。

 こんな私なので、いまでも毎年、8月15日の終戦記念日近くなると新聞やメディアで終戦特集を追いかける習慣があります。
 今年、2021年は終戦76周年でしたが、新聞や雑誌その他を読んでいて、おや、と気がついたことがあります。戦争の記事に登場する語り部が、兵隊として参戦した本人でなく、その子どもや、年の離れたきょうだいに代替わりしているケースがとても多くなってきているのです。戦地へおもむき武器をとった人々からその下の世代へと語り部が替わってゆき、一年、また一年と、戦争が遠くの過去のほうへと流れ下っていくさまを、毎夏思い知らされます。

映画「日本のいちばん長い日」

 そんな世代のさらに流れ流れた先にあるわたしたちに、子供のころ学校で習った戦争とは全く違う多面的なリアリティを見せてくれるのが映画「日本のいちばん長い日」ではないかと思っています。
 日本のいちばん長かった日、それは一体いつかというと、現在終戦記念日として認知されている1945年8月15日。国民はその日、広場に集まって昭和天皇の玉音放送を聞きみんなで泣いた、という話ならだれでも知っているでしょう。
 でも、この映画をみると、8月15日は人々が悲しみに終始しただけの一日ではなく、それは長い長い、動乱の一日であったことが分かります。戦争を終わらせるために奔走した官僚、終わらせてなるものかと暴走した軍人たち、両者を歩み寄らせようともがいた人たち。
 あのときの日本が何を諦め、それと引き換えに将来のわたしたちに何を遺そうと願ったのか。その実現のためにどのくらい骨を折ったのか。この作品を観るまで8月15日という日をほとんど知らなかったことを、わたしはすこし恥ずかしく思ったのでした。

俳優・松坂桃李

 さてわたしがこの映画が良作と思う理由の1つは、大日本帝国陸軍の畑中少佐を演じた松坂桃李の演技です。
 というか、眼。彼の眼の凄味に尽きます。
 畑中健司少佐は陸軍に実在した若きエリートで、連合国の提示したポツダム宣言など言語道断、たとえ日本国民が全滅したとしても徹底的にたたかい続けるべきと主張した青年将校でした。
 そんな熱狂的な軍人を演じた松坂桃李は、軍国スタイルの角刈りの下でぎんと眼を剥き、役所広司演じる陸軍大臣相手に戦争継続を迫ります。そしてついに彼はクーデターを率い、陸軍の幹部を射殺してしまう。その姿はわたしには本当に狂鬼のように見えました。
「こういう人たちが何人もいたのなら、戦争終結は簡単ではなかったのだろう。戦争はもはや連合国と日本ではなく、日本のなかにあったのだろう」という納得感は、松坂桃李の狂おしい演技から感じることができました。

俳優・本木雅弘の昭和天皇

 この映画には特殊なポイントが1つあります。
 それは本作が、昭和天皇を正面から描いた、日本映画史上とても珍しい作品だということです。
 キャストは本木雅弘。宮様をいったいどのようにに演じさせていただくものかと、観ているこちらが畏縮してしまいそうでしたが、本木がもつ一種独特の陰と包容性が、想像を絶する生を背負った昭和天皇の、実はやわらかく素朴であった人柄を存分に表しえていたのではないかと私は思いました。
 抑制のきいた口調や眉根を寄せる繊細な表情など、本木はじつに多くの研究を重ねて演技に臨んだのではないでしょうか。彼の労苦が想像できるシーンの数々は、この映画の価値をとても高いものにしていると感じます。
 
「日本のいちばん長い日」は1967年に三船敏郎の主演でいちど映画化されていますが、このときはまだ昭和天皇が存命だったこともあり、天皇役の俳優(八代目松本幸四郎)を遠目にしか登場させることがかなわなかったと言います。
 時代がめぐり、世代が替わり、戦争は毎年確実に遠くの方へ流れてゆきます。けれども、2015年版の本作がこうしてじっくりと昭和天皇のふるまいや心情を表現することができたことは、時代と世代がめぐったからこそ実ることのできた、ひとつの重要な果実なのではないでしょうか。
 時が経ち、戦争の記憶がまた1つ後景へ退くことをただ惜しむより、私はまたこういう新しい映画をたくさん観たい。そう思います。


※ちなみにわたしは松坂桃李が好きなのですが、「日本のいちばん長い日」には、じつは他にも、松山ケンイチ、戸田恵梨香といったわたしの好きな俳優が特別出演しています。ちぇけらー! 

作品情報

「日本のいちばん長い日」2015年
監督:原田眞人
原作:半藤一利
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B019PFGYK0/ref=atv_dp_share_cu_r



 


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