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Wish You Were Here!

(6)月子さんとノブちゃんへ
 
 バスが止まりました。どうやら終点に着いたようです。1時間以上走ったでしょうか。運賃を払い、バスを降りると、自分は人盛りを頼りに歩き出します。そこには広い一本の通りがあり、ヨットハーバーに面しています。道の両端にそびえ立つ高いヤシの木が心地よい影をこしらえ、地中海の南国気分を醸し出しています。マヨルカ島で一番高いのは、このヤシの木かもしれません。

 ヨットハーバーには小ぶりのヨットが停泊していて、穏やかな朝日に輝いています。その横には砂浜のビーチがあり、子供たちが遊んでいます。レストランやカフェがヨットハーバーを囲むように立ち並び、中華レストランが一軒だけあります。世界のどこに行っても中華レストランはあるんだなと感心しました。


停泊しているヨット

 ヨットハーバーを過ぎると、木製のデッキが敷かれたプロムナードがあるではないですか。散歩用に作られたのでしょう。道なりに進んでいくと色が剥げ落ちた小さな灯台があり、それがなんともカワイイ灯台なのです。灯台をカワイイと感じたのは、

なんてカワイイ灯台!

生まれてこのかた初めてかもしれません。でも、それ以外に表現の仕様がないのです。

 プロムナードは海に面していて、ジョギングやウォーキングに精を出す人々、バギーを押す家族連れ、釣りをする人々、赤ん坊からお年よりまでみんなが楽しんでいるようで、まさに夏のバカンスという雰囲気です。
 ホテルがプロムナードに面して立ち並んでいます。中には高級ホテルもあり、ワラの傘とデッキチェアが海辺に列をつくり、眼前に広がる海を眺めながらのんびり日光浴ができるというわけです。泳ぐのも勝手、居眠りするのも勝手、読書するのも勝手、モヒートやジントニックなどのカクテルを飲むのも勝手、羨ましい限りですね。

 個人の別荘もあるようですが、このような好立地ならたぶん日本のサマージャンボ宝くじが当たっても買えないでしょう。

 さらに羨ましいのは、かなりのお年寄り、つまり50歳代のオバサンやオジサン、いやそれどころか60歳代、ないしはそれ以上のオバアチャンやオジイチャンまでが水着姿でのんびりと、雑誌や本を読みながら日光浴をしていることです。中にも60歳以上の老夫婦が手を繋いで散歩しています。海も太陽も空も若者だけのものではないのです。万人のものなのです。

 でも、月子さんとノブちゃん、何が素晴らしいかというと、日本から20時間以上かけて来る価値があるというのは、この海です。この地中海の美しさです。あなたたちに見せてあげたい。息を飲むほど綺麗です。海は深みのある濃い青色なのですが、それがすべてではないのです。紺碧という色に微妙なグラデーションがあるのです。水平線の彼方は陽光を受けメタリックシルバーに輝き、海の浅さと深さによって海の青の色彩は変化していきます。深いところは濃いマリンブルー、海辺に近い浅いところはグリーンがかったターコイズブルー。トルコ石のような発色で、その色を支配しているのはやはり空です。太陽が空から覗けば海の色は輝き、雲に隠れるとどんよりとします。やはり大事なのは天空、青い空が地上の運命を決めているのです。

 水平線を滑るように横断していくのが、白い小舟です。ヨットも走っています。その純白の帆が紺碧の海にくっきりと光っています。海風が気持ちよく、聞こえてくるのは風の音と、時折海上を自由自在に羽ばたくカモメの鳴き声です。

 地上の楽園だな、そうため息をつきました。大袈裟ではありません。30年近く、東京でサラリーマンをやってきた者にとってこの風景は、癒しどころか、心も体も新鮮な海水できれいに洗われるような快感です。何しろ気持ちのいい風が吹いています。

 プロムナードが終わる辺りには、近辺の海岸を周遊するヨットの発着場があります。子供たちがそこから海に飛び込んでいて、それを母親が写真に収めようとしています。ホテルがその脇にあるのですが、オーシャンビューの部屋から見た景色は絶景だろうなと想像しただけで鳥肌が立ちます。このホテルの名前は知りませんが、こんな美しい楽園、本来なら月子さんとノブちゃんと三人でオーシャンビューの部屋に泊まりたかったです。それも長期滞在してバカンスをゆっくりと楽しみたかったです。二人には信じてもらえないかもしれませんがね。

 また、メールします。
(続く)

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