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あなたがそばにいれば #15

Natsuki

6ヶ月目の検診で、お腹の中の子は男の子でほぼ間違いないだろう、と言われた。
エコーの画像ももらった。

いつか彼が言った言葉が頭をよぎる。

"男の子だったら…俺に似たら…嫌なんだ"

複雑な思いだった。

どうして男の子だと、自分に似ると嫌なのだろう。
発達障がいを気にしているのなら、性別はあまり関係ない気がした。

「遼太郎さんに似たら頭も良くて優しくてカッコよくて、言うことなしなのにね」

お腹に手をあて、そう語りかける。

寂しい。

自分の子供は誰よりも愛しいはずなのに。

彼に似ていたら、こんなに嬉しいことはないのに。

* * *

夜、帰宅した彼に、わざと少し真剣な顔をしてハグをすると、彼はちょっと驚いた様子で目を丸くした。

「なに、どした? 今日、病院に行ったんだよね。何か言ってた?」
「うん…順調だって」

おどけるように明るく振る舞ってそう言った。性別のことは触れないでおこうと思った。

「なんだ…真面目な顔しているから何かあったのかと思った…良かったな」

彼も微笑んで私の頭を撫でた。

彼はリビングの床で絵を書いていた梨沙を抱き上げて「梨沙ももうすぐお姉さんだなー」と言って頬にキスをした。梨沙はキャッキャと喜ぶ。

平穏だった。
もう大きな、不穏な波風は立たないだろうと思っていた。

* * * * * * * * * *

そして、7月28日。
予定日より2週間ほど早かったが、長男が産まれた。

彼が産まれたばかりの自分の息子を抱いた時、少し複雑な表情をしていた。

彼が恐れていた "男の子" だったからだろう。

私は無意識に不安な表情をしていたのだと思う。
何を言いたいのか察したのか、彼は淡く微笑んで「大丈夫だから」と言った。

「小さいな…」

彼は腕の中の息子を見つめ指でそっとその頬に触れ、ポツリと言った。
その瞳は慈悲深いように見えた。

そしてやがてその瞳に力が籠もっていくのがわかった。
私はそれを、息子を受け入れる "決意" だと思った。

長男には「蓮(れん)」と名付けた。

男の子でもでも女の子でも良くて、娘の梨沙もそうだったけれど、海外でも通用するような名前にしようと2人で相談して決めていた。

イニシャルが『R』で、夫と同じなことも、私は気に入った。

「出産お疲れさま。それと、ありがとう」

息子を抱いたまま、彼は私の額にキスをくれた。

蓮をベッドに戻すと、今度は足元にいた梨沙を抱きかかえる。

「梨沙の弟だよ。いいお姉ちゃんになってくれよな」

私たちの子供なら大丈夫、と思った。
彼も私も弟思いだ。
だから絶対大丈夫、と。

梨沙は自分の弟を見てちょっと笑ったように見えた。

* * *

退院の日はちょうど私の誕生日にあたった。
彼は仕事を休んでくれ、午前中に病院に迎えに来てくれた。

タクシーに乗って我が家に戻ると、テーブルにはちょっとした料理と小さなバースデーケーキが置かれていた。

「これ…遼太郎さんが用意してくれたの?」

訊くと彼は少し恥ずかしそうに鼻を掻いた。

「子供が産まれて母親になっても、夏希の誕生日は特別な日だから」

梨沙のお下がりのゆりかごに蓮を横たえると、彼は私を抱き締めて口づけをした。

「家族が増えて、ますます夏希のことが愛しくて、大切に思えてくる」
「遼太郎さん…」

何度もキスをしていると、足元で梨沙が不思議そうに見上げていて、私たちはプッと吹き出した。

「梨沙、見せびらかしてごめんな」

そう言って娘の頭を撫でる彼はとても幸せそうだった。
私もこの上なく満たされた。

「ちょっと食べたらすぐ休んで。片付けと梨沙は俺に任せて」
「言われなくても梨沙は遼太郎さんに懐いているから心配してない」
「あぁ、そういえば優吾の彼女の…えぇっと…」
「美羽さんね」

「そう。彼女がボランティアでベビーシッターやりたいって言ってるって、優吾に言われたんだ。彼女、最近平日休みを取るようになったらしいから、その時にうちに来てお手伝いしたいって」

「えぇ…美羽さん、前に遼太郎さんが出張している間にうちに遊びに来た時も、ずーっと梨沙の面倒見てくれてて…子供が好きなのね」

「保育士にならなかったのが不思議だな。平日来てもらえると俺も安心だなと思ったけど、どう?」

「なんか悪いわね。ボランティアってわけにもいかないわ」

「飯付きってことにすれば、彼女も確か一人暮らしだって言ってたから、いいんじゃないか。夏希さえよければ手伝いに来てもらおうかと」

「そうね。ちょっとお願いしてみようかな」

* * * * * * * * * * *

かくして飯嶌くんの彼女の美羽さんが、翌週の木曜日から週に1回うちに来て梨沙の面倒を見てくれることになった。

ちょうど遼太郎さんも隆次さんに会いに行くのと同じ日だったので、彼もそちらの手を空けずに済んだ。

美羽さんは梨沙を連れて買い物に行ってくれたり、洗濯や掃除もしてくれたりと、本当によく手伝ってくれた。

彼は隆次さんと一緒に晩ごはんを済ませてくることが多かったので、こちらも美羽さんと一緒に食事をした。

「本当にここまでいつもやってもらっちゃって、申し訳ないわね」
「ぜ~んぜん!好きでやっているのでいいんです」

「美羽さん、これだけ子供が好きだったら、保育士さんとかになりそうなのに」

「子供が好きというか、それをとりまく環境の方に関心が高かったです。私がスーパーのような小売業界に就職したのも、子供たちが生きていくこれからの環境について、取り組んで行かないといけないと思ったからなんです」

明るくて今どきの若い女性だと思っていた美羽さんは、意外にも真剣に世の中について考えていることを知って驚いた。

「SDGsですね。小売業界はとにかくたくさんのモノで溢れさせ、利便性第一に今まで突き進んできましたが、プラスチック容器問題・残飯問題など、課題はたくさんあると思いました。そこを変えていくためには、最もやりがいと達成感のある業種だと思いました。ひいてはそういった課題がクリアになっていくと、梨沙ちゃんのような子供たちが暮らす未来に変化が起こるって思ったんです」

「…驚いた。美羽さんってとっても真面目なのね」
「真面目だなんて、そんなことないですよ!」

そう言ってケラケラ、と笑う。

美羽さんの彼、飯嶌くんのことを遼太郎さんは  "希望のような存在" と形容したことがあったけれど、彼女もまた大きな希望の存在なのだと思った。

ただの若いカップルと思っていた飯嶌くんと美羽さんは、未来を託したい素晴らしい若者なのだ、と思った。

食事をしながらそんな会話をしていると、彼が戻ってきた。

「あ、次長さん、おかえりなさい!」

美羽さんは彼のことを「次長さん」と呼ぶ。彼氏の上司だからだと思うが、呼ばれる度に彼は苦笑いする。

「部下の優吾は残業、その彼女はウチで奥さんと食事をしている…なんかおかしいな」
「あら、いつから飯嶌くんを置いて帰ってきちゃう鬼上司になったのかしら」
「むしろ上司が帰らないと部下が帰れないとか言うだろ。優吾は最近インターンシップのヘルプをしているんだ」
「聞きました。自分の部署には来ないんだけど、興味を持ってくれてる学生がいるって」
「その子が女子学生だって、聞いたか?」
「えっ…?」
「ちょっと、遼太郎さん!」

彼は「優吾に限っておかしなことは絶対にしない」と言って笑った。

「いつも何かの話の頭に "あ、でも僕には彼女がいるんですけどね!" って力説してから話し出す男だからな、優吾は」

彼がおかしそうにそう言うと美羽さんもはにかんだ。



#16へつづく

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