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優等生だったあの子のこと|酒の短編09

真夜中のラーメン屋。つまみの盛り合わせでビールを飲んでいると、彼女のことを思い出す。

丸メガネに三つ編み、あだ名はたまちゃん。色白で、おとなしい女の子だった。小学生、馬鹿な方の男子だった僕は恋に気づかず、ちょっかいをかけては泣かせることもしばしば。
掃除の時間、いつも通りほうきと丸めたわら半紙で野球をしていたら、友達とたまちゃんがぶつかり怪我をさせてしまう。ひびが入って全治3週間。当然問題になり、気まずさを残して卒業式を迎えた。

僕たちが住む町は田舎だったから、中学は地元一択。伝統と呼ばれるヤンキー文化が残っていて、仲の良かった年上の友達も「先輩」と呼ばないとシメられる日々。
彼女はクラス委員に選ばれたけれど、真面目の価値を認めない、透明パックのような感性に覆われた教室は居心地が悪そうだった。周囲が思春期の熱に浮かされる中、いつも静かに外を眺めていた。そして「優等生」と呼ばれる女の子になっていった。

彼女が推薦入学した高校に、僕は続けていた野球で滑り込んだ。だけど最後の夏は3回戦で終わり、付き合っていた後輩マネにも振られてしまう。引退と失恋で空いた穴を埋めるように、親との約束だった予備校へ通う毎日。

冬の近づくある日、予備校帰りにコンビニで立ち読みしていたら、夜食のおでんを買いに来た彼女と偶然会えた。学校ではクラスもグループも違うから、本当に久しぶりだった。
最初はぎこちなかったけど、少しずつ昔のような雰囲気を取り戻す。勉強しているとすぐにお腹が空くこと、おでんはたまごが一番好き、優等生と思われるのはちょっと苦手、そんなことを話して、お互い「またね」と言って別れた。

これが、彼女との思い出の全て。

その後のことはよくある話。
彼女は現役で地元の国立に、こちらは一浪して滑り止めの大学に。そして僕は進学を機に町を出て東京で就職、結婚。今では地元に帰るのは年に1、2回、友達と連絡を取ることもなくなった。

たまちゃんのその後は、もう分からない。

こうして僕らは知らぬ間に、たくさんの別れを経験する。手を伸ばすことなく、気付かぬ内に途切れてしまった繋がりは彼女だけではない。
松茸、うなぎ、ニシンにハタハタ……例はいくらでも挙げられる。今年はまだサンマを食べていないし、お店で出てくるホッケは、年々小さくなっている。

物価の優等生と言われているたまごだって、いつまで僕らの側にいてくれるだろう。誰かの優等生であることは何かの犠牲の裏返しで、果たしてそれは彼女が望んだことだろうか。そのことに想いが至らぬまま、手遅れになってようやく僕らは現実を知るのだ。

盛り合わせの煮たまごを箸で割る。チャーシューにトロリとした半熟の黄身をからめ、辛ネギと一緒に頬張る。都合のいい時にきみのことを思い出し、好き勝手な感傷に浸る僕は、他の誰かと変わらないだろう。

飲みすぎて今夜も妄想と現実があやふやになってきた。
あと一本だけ飲んだら、家に帰ろう。

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