第14話:究極の選択…交際3ヶ月の彼氏が海外転勤!追いかけるべき?
香港からシンガポールに戻ってきてすぐ
私たちは一緒に暮らし始めた。
今回ばかりは、勝手に押しかけたのではない
彼から、合鍵を渡されたのだ。
今まで、素直で聞き分けがよくて
女性らしく家事や料理を上手にこなせて
一生懸命、尽くさないと愛されない
と信じていた私にとって
掃除や洗濯は気が向いたときだけ。
いつも美味しい料理を作ってくれて
サプライズデートを企画してくれて
コンドミニアムのプールで泳いでいると
プールサイドまでカットフルーツとホイップクリームを運んできてくれて
相手の顔色を伺うことなく、
やりたいことをやり、言いたいことを言って
自由に、無邪気に、ありのままの自分が愛されているなんて
にわかに信じがたかった。
でも、
そんな自分が、
今までで「一番好きな私」でもあったんだよね。
そして
シンガポールに来る前
「好きだけど、結婚はできない」
と言われていた
年上の彼との関係を続けるために
何年も
理解のある女
ガマン強い女
そして、
柄でもないのに
一人でも生きていける自立した女
演じ続けてきた私にとって
朝、目が覚めたときに
彼が隣にいてくれる安心感が、何より幸せだった。
一方、
二年前に友人と始めたブロガー活動も、波に乗っていた。
一流ホテルからのステイケーションのオファー
日本の人気テレビ番組からの出演依頼
30歳にしてグラビア誌のカバーガール etc...
まさにバブル絶頂の華やかさ!!!
こんな毎日が、ずっと続いたらいいのに・・・
一緒に暮らし始めて、一ヶ月が経ったころ
彼が困惑した様子で話を切り出した。
「この前話していた日本でのポジションの件、正式に決まったんだ。
3ヶ月後には、東京に行く予定だよ。
でも、君と離れ離れになると思うと、ちっとも喜べなくて…」
「おおおっ、よかったね!!!おめでとう♡♡♡」
それは、心からの「おめでとう」だった。
日本で暮らすことは、
彼にとって、幼い頃からの夢だったのだ。
そして、
付き合う前から、その話を聞きながら
彼の夢が実現するようにと密かに願っていた。
あまりにカラッとした
私の意外な反応に驚く彼に向かって
「大丈夫、私もついていくから!
だから全然、寂しがる必要なんてないよ。」
と小さな嘘をついた。
そこから、残りのシンガポール生活を謳歌するように
一緒に様々な場所に旅行した。
バリ島
モルディブ
ベトナム etc...
夢のように煌びやかで、めまぐるしい毎日。
あっという間に3ヶ月が過ぎようとしていた。
一緒に暮らしていたコンドミニアムを引き払い
最終日は、シンガポールらしくマリーナベイサンズに宿泊し
仲のいい友人たちを招いて
Farewell Party(お別れ会)で盛り上がっていた。
今日が二人で一緒に過ごす最後の日だというのに
ちっともしんみりした空気にならない。
それどころか、浮かれたようすの彼。
そりゃあ、そうだよね。
だって明日から、夢に見た日本での新生活が待っているんだもん。
そんな彼の「憧れ」とは裏腹に
私にとって、日本に帰国するということは
長い夢から覚めてしまうような恐怖でしかなかった。
シンガポールだから “特別” でいられるのに
日本に帰国したら、キャリアもない、これといった強みもない
負け組アラサー女子に逆戻り。
目に見えないソーシャルプレッシャーの中での
あの生きづらい毎日を思うと
とても帰国する気になんてなれなかった。
この国で掴んだたくさんのチャンス
ブロガーとしての華やかな活動
なんでも話せて心から笑いあえる親友
仲のいいルームメイトがいる居心地のいい家
満足のいく収入がある安定した仕事
ようやく見つけたポールダンスという没頭できる趣味
まさにシンガポールドリームとも思える
理想の人生の全てが、ここにあるように感じた。
それを
プロポーズされたわけでもないのに
交際してまだたった3ヶ月。
しかも
結婚観すらよくわからないフランス人男性を追って
全てを手放して、日本に帰国するだなんて……
リスク高すぎでしょっ!!!!!
当時30歳。
シンデレラストーリーを夢見て
「一緒についてきてほしい」
という彼の言葉を手放しで喜べるほど、
無邪気な少女ではなかった。
翌朝、チャンギ空港の搭乗口で
「See you soon(またすぐ会おうね)」
そういって笑顔で彼を見送った。
きっと彼は、日本での刺激的な新生活の中で
私のことなんて、あっという間に忘れちゃうんだろうな…
私だって大丈夫!
また3ヶ月前の生活に戻るだけだ。
でも、なぜだろう・・・
ほとんど変わっていないはずシンガポール、
ここに理想の人生のすべてがあったはずなのに
心にポッカリと
大きな穴が空いてしまったようなこの虚無感は……
あんなに鮮やかで、活気に満ちていたシンガポールの景色が
なんだか虚しく色褪せて見えた。
その晩、
いてもたってもいられなくなった私は、
いつものホーカーセンターに友人を呼び出した。
お茶を片手に深夜まで、
とりとめのない話をひとしきり聞きた後、
彼女はこう切り出した。
「あのさ、いつもそう。ほんと欲張りだよね。」
「ねぇ、サルを捕まえる罠って知ってる?
餌を取ろうとして、瓶の中に手を突っ込むんだけど
一度つかんだ餌を握りしめて、放そうとしないから
身動きが取れなくなっちゃう、あれ。」
「今そんな状態なんじゃない?
あれも、これも全部ほしいってすべてを握りしめたままで
結局、どこにも行けなくなってる。」
「世界中探しても、もう彼のような人には
出会えないかもしれないんだから、ついていったら?
私たちのことは心配しなくて大丈夫。
日本に帰国しても、ずっと繋がっていられるよ。
だって、ここは第二のホームなんだから。
いつでもシンガポールに戻ってくればいいじゃん。」
私のことをよく知る彼女は
ズルい部分も、弱い部分も、すべて見透かしていた。
そして、
その言葉は、どこまでも温かかった。
翌朝、
出社するやいなや、上司を呼び出して
とんでもないことを言ってしまうんだ。
「結婚するために日本へ帰国するので、会社を辞めさせてください。」
疲れと、寂しさと、寝不足で、
若干、気がおかしくなっていたのだと思う…
今までも度々、周りが驚くほどの
この “ 思い切りの良さ ” で、
人生の舵を切ってきたのだけれど
プロポーズの「プ」の字も出ていないというのに
自分でも呆れるほどの突拍子もなさだ。
その後、何度この言葉を後悔することになったことか……
つづく>>>
第15話:本当の私を、あなたは愛してくれますか?
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