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操酒とは、過去の自分に言いたい


一年半前まで、自分の難病がわかるまで、
私はザルのようにビールをよく飲んでいました。 
妊娠時期、授乳期の一定期間と
脳の疾患がわかってから、
ようやく初めて
操酒、
自らの意志で酒の量や飲む頻度を
コントロールすること
ができるようになったんです。


でも飲む習慣は、休職しても
当初は、仕事のストレスがないのに、
先の不安に押しつぶされ
あまり覚えてないのですが、

お酒は飲んでもそこまで酔えず、
なかなか減らせませんでした。

やっとこの一年近くは
1人飲みを辞めることができ、
機会ある時にしか飲まない、
乾杯する時程度にきめています。

これは、以前の私からしたら
信じられないくらい、
久しぶりに人と会うと
驚かれます。

常に、ずっとビール片手にいてた
イメージだったので。

ほとんどの日々が
深酒の繰り返しの日々でした。
夜勤することで、強制的に休肝日


今振り返ると、仕事を継続するという義務、
職場では、内面を出さずいい看護師を装い、
それ以外に道がない、
稼がないといけない、
シングルマザーで、ローンもあるし、
前夫の借金も当時あったり、
貯金もすべて使われていたので、
マイナスからの再出発だった
ちょうど10年前。

「飲まなやってられない」

って口癖のように飲んでいた記憶が
蘇ってきました。


今思うと、ほんと不憫で、
なんてバカなんだろう
と。

そんな飲む時間とお金を
学びに使って、それに集中していたら
どんなによかったか。

当時の私に言いたい。
知識や経験の無形財産にお金を使うこと

お金は貯金しすぎても価値下がります。
11年前、気づいたら、
前の夫に貯金は全て引き出されて、
同僚の保証人の資金に充てられていました。
これは私の管理不足です。

お金は一気になくなってしまうけど、
知識と経験は誰にも奪われません。


過去の自分を褒めるなら
何度も何もかも嫌になったこともありましたが、
なんとか働き、なんとか育児を継続し、
生き続けててよかったことです。


過去の後悔は今になって役に立ちますね。
脳の血管の問題がわかってからは
リハビリも兼ねて
学びつづけています。

そうすることで、自然と
やっと無理なく
操酒
できるようになっています。

アルコールに依存してしまうと
お酒を楽しく飲むことから
なくてはやってられなくなる
負のスパイラルに陥っていました。

もともとお酒が大好きで、
その場の雰囲気が好きで、
人がフレンドリーになり、
話しやすくなるし
普段厳しい人もおおらかになるし、

いつも周りの人の機嫌を気にし過ぎていた私は
飲み会が大好きでした。


大学病院勤務時代の飲み会、
先輩から誘われる飲み会
全て参加し、幹事することも、使命感だと思い、
喜んでしていました。

そしていつのまにか、
仕事上がりには
お酒がないと
やってられなくなっていました。

お酒だけなく、学生の頃からつい興味本位で
始めてしまった喫煙も、
仕事や離婚を理由にして、
本数も増えていました。

今の生活は、
今まてで、過食さえなければ、
禁煙も継続し、操酒もでき、
一番健全な生活をしている
のではと思います。

深酒や喫煙の代わりに、
今の過食なのかもしれない


喫煙と飲酒で過去の過食を抑えることが
できていたと気づきました。

過去に何度も禁煙できなかったのは、
過食やめたいから
また喫煙してしまった
昔の失敗の繰り返しも
思い出しました。

今では、脳血管狭窄し、
TIAの症状が出たのを経験しているので、
自分にストップがかかっています。

でも、
それを経験するまでの
自分の意思がどれだけ弱いかを知りました。

ようやく操酒と禁煙という、
一般の方には当たり前の行動が
できるまでに時間を要しました。

無理だと思ってましたが、
できるものなんですね。

きっと過食嘔吐も克服できるはず。

まったく、まとまらないまま
今日も思うままに、
スマホに書き出してました。

だいたいPCで打つのですが。

今日も、読んでくださりありがとうございます。

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