マリア・サキ

天使のように繊細に 悪魔のように大胆に

マリア・サキ

天使のように繊細に 悪魔のように大胆に

マガジン

  • 『辻角Lawyer』

    リーマン・ショックが起こった年の暮れ、早紀が勤める法律事務所に東京地検特捜部の家宅捜索が入る。容疑は非弁提携、逮捕状がだされた所長の信澤はそのときすでに逃亡しており、ひと月後に自殺体で発見される。

  • 『愛は光にみちて』

    冬の一日、私は東京の郊外にある某大学を訪れる。そこは子供のころの私の遊び場であり、行き場のないときの逃げ場であった。これはその折に出会ったシスターの話しと、その後に起った不思議な体験をもとにしている。

  • 『Tropical Night / 熱帯夜』

    ケイは三十路のホステス、熱帯夜の土曜日、いつものように出勤すると店は警察によって封鎖されていた。そこに同僚のルルから電話が掛かり店のママが殺されたと聞かされる。警察署で事情を聴かれたケイは恋人の幹也を捜す──。

最近の記事

  • 固定された記事

『辻角Lawyer』Kindle版/Teaser1/3

二〇〇八年九月、米投資銀行大手『リーマン・ブラザーズ』が経営破綻した。負債総額六千億ドル、米国史上最大の倒産は世界的な金融恐慌を招き、日本でも非正規雇用者の雇い止め、派遣社員の派遣切りが横行した。      1  ロウソクに火をつけると和紙に書いた文字がほんのりと浮かびあがった。   〝よろず六法相談〟  妖しくともる看板灯籠を机の左角において早紀はイスにすわりなおした。  クリスマスまであと二週間、いつもより低い目線で見る街角もクリスマスモードに入っている。街灯には〈M

    • 『CROSS DRESSER』Vol.5

      ◆How to メイク:アイブロウ〈1〉 目、鼻、口──顔も局部的に見れば男女の違いはあまりない。まして顔は千種万様。女のような豊頬の男もいれば、男のように骨っぽい顎の女もいる。髭や化粧といった手掛りがなければ、顔の一部分だけで男女を識別するのは意外とむずかしい。   ただ眉だけは違う。眉には男女の違いがはっきりでる。むろんそれはほとんどの女性が眉に手を入れているからなのだが、まれに見かける人跡未踏の原始林のような眉でさえ、やはり女性の眉は男とは違う。   眉を女らしく見せる

      • 『CROSS DRESSER』Vol.4

        ◆How to メイク:ファンデーション〈4〉 私が使っているファンデーションは国産の低額ブランド品である。なにしろ消耗がはやいのでファンデーションだけは高級品は使えない。さらにこのブランドはどの店でもセルフ・セレクション――ラックに吊るされて売られているので補充がしやすい。色気づいて以来、私が愛用するゆえんである。愛用の品に不満があるわけではないが、ファンデーションについていえば、私はかねがね夜専用ファンデーションがあればいいと思っている。 私は女装外出もするが、それは決

        • 『CROSS DRESSER』Vol.3

          ◆How to メイク:ファンデーション〈3〉 ファンデーションをつけおわった顔はまったき無表情。血が通っているとも思えない死面のよう。微妙な肌色の違いや濃淡、陽灼けやシミや小さなホクロ、頬の赤みや唇の輪郭など、すべて塗り潰されている。あの忌わしい髭の剃り跡さえ跡形もない。   顔色を失うほどの厚化粧は半ばいたしかたがない。女性の化粧と違い女装の化粧はまず男を消さなくてはならない。男を消すことで女を装う。これまさに女装の基本にほかならない。   小休止のあと、パフを押しつける

        • 固定された記事

        『辻角Lawyer』Kindle版/Teaser1/3

        マガジン

        • 『辻角Lawyer』
          4本
        • 『愛は光にみちて』
          7本
        • 『Tropical Night / 熱帯夜』
          6本

        記事

          『CROSS DRESSER』Vol.2

          ◆How to メイク:ファンデーション〈2〉 だいたい私の髭は濃くて硬い。そのぶん髭の剃り跡も広くて青い。そもそも 髭の剃り跡が青いのは皮膚の中に毛根が残っているためで、抜けばなるほど青くはならない。じっさい女装者のなかにはこのメリットを活かし、髭を抜きで処理する人もいる。 いちど私もやってみたが、私のような硬質、高密度、広範囲の髭では、とてもとても間尺に合わない。それこそ最後の一本を抜き終えたときには最初の一本が生えている。 髭の剃り跡を消すにはスポットカバーを使う。

          『CROSS DRESSER』Vol.2

          『CROSS DRESSER』Vol.1

          自分が両親のどちらに肖ているか? 癖や性格といった話ではなく顔に関して。 よく人は、娘は父親に肖るというが、私が初めて口紅をつけたとき、 鏡のなかに母を見た。鏡に映る私の顔は母そっくりだった。    *** ◆How to メイク:ファンデーション〈1〉 メイクは髭剃から始まる。ここ一週間伸ばした髭をゆっくりていねいに剃っていく。伸びた髭はきれいに剃れる。不精の効あって剃り跡なめらか一毫の剃り残しもない。うーん、マンダム。 メイクにあせりは禁物。一服しながら逸る気持と剃

          『CROSS DRESSER』Vol.1

          『辻角Lawyer』レビュー/籠り虚院蝉

          本レビューは発売前のプレ版を「カクヨム」で公開したときのものですが、現在は公開しておりませんので原文のまま転載しました。またkindle版では指摘箇所を修正しました。

          『辻角Lawyer』レビュー/籠り虚院蝉

          『辻角Lawyer』Kindle版/Teaser3/3

               3  瑠璃の帯締に斜子の帯、黒地の留袖は白一色で竹林を描いた総模様。閉店まぎわ店の前に立った女性は、ひと目でクラブのママさんだと判ったが、夜半にコートもショールもなしにクラッチバッグだけを持った装いは、とても無防備にみえた。 「失礼ですが、三浦さんですか」  女性が道案内でも乞うように会釈して訊ねた。早紀はためらわずうなずいた。この女性が誰なのか、すでに察しはついていた。 「はじめまして。朋美の母でございます」  早紀はイスを立って名刺をうけとった。クラブ『千花』

          『辻角Lawyer』Kindle版/Teaser3/3

          『辻角Lawyer』Kindle版/Teaser2/3

               2 「よろず六法相談?」  理恵は、からになったビール瓶を持ったまま、おうむ返しに聞きかえした。  ソファーにゆったりと腰をおちつけた青葉はビールをごくりと飲んでつづけた。 「不景気になると、いろいろ怪しいもんがでてくる。これもリーマンショックの影響かね」 「そうですね」  理恵はあいまいにうなずいてビール瓶を床においた。  今年五十路の坂をこえた青葉は家具会社の創業社長、スコアが良くても悪くてもゴルフの帰りには店によってくれる『千花』の上客の一人である。 「リー

          『辻角Lawyer』Kindle版/Teaser2/3

          『愛は光にみちて』短編7/7 #海を渡る蝶

           シスターは目路に熄えた恋人を見送りつづける、そんなうるんだ瞳を私にむけた。  私はといえば、昔話しに聞き旧した〝木の葉にかわった小判の話し〟を思いうかべていた。が、彼女のくれたあつい眼差しは私の蛇足を咽元で押しとどめ、揶揄することを宥さなかった。修女は物語の第二幕を語りはじめた。   #海を渡る蝶  その夜のこと。いつものように賑わう酒場のなかに、いつもとようすのちがうひとりの男がいた。男はうつろな目で、悪夢にうなされる譫言のように、おなじ話しをくり返していた。男は漁師

          『愛は光にみちて』短編7/7 #海を渡る蝶

          『愛は光にみちて』短編6/7 #魔術師

           かすかな衣ずれの音──シスターはゆっくりと席を立ち、ふたたび祭壇にむかった。私は顔をあげ、その背中を見つめた。深い沈黙がその場にわだかまり、時の流れを搦みつけていた。 「K教授はお若いころ、よく旅をなさったそうです」  とつぜんふりかえり修女は言った。そして語りはじめた。たった一人の観客を相手に、追想を独白する女優のように。  私は耳をそばだてた。K教授が出会ったという魔術師の話に……。   #魔術師  そこは海峡に臨んだ小さな港街。その端れにある一軒の酒場。嵐が近づこ

          『愛は光にみちて』短編6/7 #魔術師

          『愛は光にみちて』短編5/7 #戦禍

          「シスター。私はいま嘘を……」 「よろしいのです。主は私たちの罪をお赦しになっています」  修女のはにかむ威厳とやさしさに、私はここでもまた救われる思いがした。 「心のひろい神様でよかった」 「K教授をごぞんじなんですか」 「子どものころ校舎に入ってしかられました」 「いたずらっ子だったんですね」  言葉の余韻に母性の笑みがうかぶ。私はすかさず言った。 「この先に池があるはずなんですが」 「池、ですか?」 「はい。小さな貯水池です」 「その池のことでしたら、いまはもうありませ

          『愛は光にみちて』短編5/7 #戦禍

          『愛は光にみちて』短編4/7 #シスター

           そのとき扉があいた。繊細な光は濫妨な陽光にかき消された。まるで宝石匣の蓋を直射日光の下であけたように──。   #シスター  私は扉をふりかえった。人が立っている、修道尼だ。黒い僧衣のシスターが外光を背に私を見つめている。私はすぐさま謝罪した。 「すみません。ことわりもなく……」  尼僧は黙っている。 「じつは先ほどK教授をお訪ねしたのですが、あいにく校舎がしまっていて、それでつい懐かしくなってここまで、私はここの卒業生です」  言いおわって内心舌打した。いわずもがなの

          『愛は光にみちて』短編4/7 #シスター

          『愛は光にみちて』短編3/7 #チャペル

           夏の日の思い出、  それがK教授との、たったいちどきりの思い出だった。  あの階段は屋根裏部屋にでもつづいていたのか、  それをたしかめることは、いまもできない。  いま本館は冬籠り、堅牢な扉を鎖している。  あのときの少年が私であることを、  あのときのボーイが帰ってきたことを、  私は声にだして言ってやりたかった。    #チャペル  本館の裏手をまわり、アーチェリー場をすぎると、西にひろがる森の入口にでる。そこには『礼拝堂』書かれた矢形の道標があり、矢尻の指す森の

          『愛は光にみちて』短編3/7 #チャペル

          『愛は光にみちて』短編2/7 #K教授

           目の前の景観がひらける。起伏にとんだキャンパスは冬枯れの芝生に蔽われ、点々と立つ柊が木の下に斜影をおとしている。芝生を突っきる小径の先には左右対称の両翼を構えた年古りた二階建の洋館があり、近代建築を思わせるその本館は文化財的偉容を誇っている。  この本館の前に〝こぶ〟のような小丘がある。   #K教授  ある夏の日、私は友達二人とこの丘で遊んでいた。段ボールをお尻の下に敷いて芝生の斜面を滑降するという遊びである。  すべっては登り、登ってはすべり、なんどかするうちに悪友

          『愛は光にみちて』短編2/7 #K教授

          『愛は光にみちて』短編1/7 #秘密の塀

           東京の西郊M市にあるカトリック系の大学。木深い森にかこまれた広大な校地。北にゴルフ場、西に緑地公園、南に五万坪の自動車工場をひかえ、東を最寄駅とをむすぶ都道〝天文台通り〟に面している。この通りから三角州の河口を遡行するようにY字のアプローチが構内へと延び、バス停が置かれたそのY字路に大学の正門がある。   #秘密の塀  正門は城壁のような石造り、高さ二メートルほどの塀が鶴翼の構えで建っている。左右の門柱には行灯のような四面体の門灯がつき、ツタがからまる右手の塀には校名を

          『愛は光にみちて』短編1/7 #秘密の塀