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『赤い風船』

歩行者天国になった大通りを歩く。
1週間前には、彼と一緒だったのに。
賑やかな音楽と笑い声。
みんな楽しそうで、幸せそうだ。
私は、不幸に見えるだろうか。
ひとりぼっちで、肩をすぼめて歩く私は、不幸に見えるだろうか。
子供の手を引いて歩く若い夫婦は、私を見てどう思うのだろうか。

別に男が嫌いってわけじゃない。
どうしてそんな噂が立ったのか。
確かに、できるだけ知られないようにはしていたけれど。
それで、いつの間にか、あの人は男嫌いなのよって陰で言われるようになった。
気にしているわけじゃないが、そうじゃないよと叫びたい時だってある。
肩がぶつかった。
お互いに、笑いを顔の真ん中に集めたような顔で頭を下げる。
それにしても、家族連れの男たちはどうして、ああも楽しそうなのか。
あんなに無防備に笑顔になれるのか。

好きになる人は、社内の人ばかり。
みんなが思っているほど、行動範囲は広くない。
それに、何故かいつも妻子持ち。
妻子持ちなら、私なんか相手にしなければいいのに。
そう思う時もあるが、好きになるのは私のほうだ。
いっそ略奪しちゃえばと誘惑する声が聞こえることもある。
でも、そんな魔性の女じゃないし、なれっこない。
奥さん、あなたの隣でお子さんと手をつないでいるその人、あなたの旦那さん、浮気しているかもしれませんよ。
来週あたり、私とこっそり会ってるかもしれませんよ。

先週、ここを一緒に歩いていた人は、途中で妻と子供の姿を遠くに見かけた。
私の手を引いて、その後ろを歩き出した。
そんな、スリルを味わいたがる男がいる。
別に浮気がバレてもいいと思っているわけじゃない。
俺も捨てたもんじゃないだろって、見せつけたい。
でも、見つかるのは困る。
そんな、馬鹿な男がいる。
私はあなたのお道具じゃないのよ。
そう言って、こっちからさよならしてやった。

私が今ここを歩いているのは、また会えるんじゃないかと思っているからだ。
あの人と、あの人が笑顔を向ける家族に。
それを見て、どうするのか。
何もしない。
多分、自分で納得したいだけなんだろう。
あの人は、家族といても楽しいのだと。

大きな声でため息をついてみたが、気がつく人もいない。
立ち止まって、空を見上げる。
笑顔が集まる時にはこうだろうと思われるような空。
少しくらいの不安や不機嫌など相手にもされない。
こうして突っ立っていると、自分が澱みの中にいるのがわかる。

もう一度ため息をついて歩き出そうとした時、小さな女の子とぶつかった。
女の子の手から離れた赤い風船が、空に上っていく。
みるみる間に、それは赤い点となって流されていった。
呆然と見上げている女の子の頭を撫でた。
こんなの、泣くほどのことじゃないわよ。



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