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【読書録23】「自ら学び成長する人」が育つ仕組みつくり~岩出雅之「常勝軍団のプリンシプル」を読んで~

 2022年1月9日、全国大学ラグビーフットボール選手権の決勝が行われ、帝京大学は、10度目の優勝を果たした。
 本書の著者である、岩出雅之氏は、優勝後のインタビューで帝京大学ラグビー部監督を退任することを発表した。

 その報道を見て、久々に本書を再読する。

 本書は、2018年、著者のもと、帝京大学が、9連覇を達成したのちに出版された。「勝ち続ける組織のつくり方」「自らの能力を100パーセント発揮する方法」を著者自らの体験をもとに記載している。

 私はラグビーについて「にわかファン」にも達していないくらいの事しか知らない。しかし、著者が心理学的な知見を背景に、それを実践して体得したことは、ラグビーを超えビジネスひいては、一人では生きていけない人間というものを考える上でも非常に示唆に富んだものになっている。

勝ち続ける組織とは?

 勝ち続ける組織とは、「メンバー一人ひとりが、自律的に考え、行動し、仲間と助け合いながら、自ら学習、成長する集団」であるとする。

 人は、自分自身で「変わりたい」「成長したい」と熱望しない限り変わることはできないとし、指導者の役割は、その「内的環境(メンタル面)」と「外的環境(組織文化・空気感)」をつくり、サポートすることであるという。

 リーダー・指導者の指揮命令をメンバーが忠実にこなすスタイルは、指導者にとっては一見、即効性があり楽であるが、持続性が低く、創造性を発揮するかという点では悪影響があるとのこと。

精神的な余裕

 指導者のつくるべき「外的環境(組織文化・空気感)」として、自律を生むためには、「精神的な余裕」があること必要であるという。そして、そのための仕掛けとして、「体育会系イノベーション(脱・体育会)」という特徴的な仕組みを作り上げる。 

 それは、従来の体育会系組織で特徴的な(グランド整備や洗濯等の)雑用による負荷を、精神的に余裕がない、1年生を中心とした下級生から解放して、4年生を中心とした上級生が担うという仕組みである。

 そのことにより、1年生は、「自分づくり」に専念でき、上級生に対して、恐れではなく、リスペクト・憧れが生まれるという。

上級生=下級生の関係を、「奪う側=奪われる側」(神=奴隷)から「与える側=授かる側」に代えるのである。

 そのことの何が良いか?と言う問いに著者は以下の通り答える。

 余裕のある人が、余裕のない人の仕事を引き受けることにより、組織全体に余裕が出てくる。この余裕ある組織文化が、組織の活性化やモチベーション向上、チームワークの良さ、信頼関係・絆の強さにつながっていると私は、確信して言える。

 「与える喜び」は、「授かる喜び」を経験し、授けてもらった人に尊敬の念を抱き、「自分もいつかそうなりたい」というマインドセットになった時、その人の成長ボタンが押されます。「授かる喜び」を得たり、先輩たちの行動を見たり、感謝を感じたりすると、後輩たちの「自分成長口座」には、貯金をするかのように経験値が蓄積していきます。この経験値が一定値を超えると、「与える喜び」を感じられるようになるのです。

 以前、取り上げた「世界は贈与でできている」とほぼ同様の考えである。

横のコミュニケーション強化

 また、上からの「指示・命令」によるコミュニケーションではなく、横のコミュニケ―ションを重視するというのも、外的環境整備のカギとしてあげている。

  ここで特徴的なのが、「3人トーク」という取り組みである。

 練習中やミーティング中に、「3人トーク」という、数分間のミニ・ミーティングをメンバーを固定せず実施するという。そこでは、練習中の監督からのアドバイスやミーティングでの伝達事項を横のコミュニケーションで言語化することで、「具体化」「論理化」「意識化」する取り組みである。ここでも上級生は聞く力を磨くなど、聞き役に回るなどの工夫があるという。

 これも、スポーツの世界以外でも有意義な取り組みである。聞くだけではなく、自分で考え、言語化し自分に落とし込んでいく。「自分で決めた」と思えると、やる気は増すのである。

「目指す山」の違い

 指導者のつくる「内的環境つくり(メンタル面)」の点で興味深いのが、ラグビー部の活動の目標の置き方である。

 著者は、大学選手権の優勝は最終的な目標ではないと言いきり、 帝京大学ラグビー部の目標を以下のとおり設定する。

 部員が卒業後、社会人となり、周囲の人たちからもしっかり愛されて、信頼されて、そして幸せに人生を生きていけるように、大学4年間、ラグビーを通して人間的に成長してもらうこと

  目指す山の次元が異なる。
幸せに人生を生きていけるように人間的に成長するという、目の前の優勝をはるかに超える高い山をめざしているのである。

一人ひとりが人間的に成長するとチームワークが良くなり、ラグビーも強くなるという好循環が生まれます。ラグビーの勝利だけがを目的に練習している時よりも強いチームができあがる。

  そして、人間力をつけて「自ら成長しようとする」人になることが、重要であり、その高い山に登るには、「自分を知る」「自分と向き合う」ことから始めるという。

 大事なのは「未来」や「過去」ではなく「現在」

 実力を出し切れる人とそうでない人の違いは、スポーツでもビジネスでも一緒であり、「現在」の自分に集中できず、「過去」への後悔、「未来」への不安に心がとらわれてしまっているからだという指摘は、興味深い。

 勝負は、相手との相関関係で決まるもので、できることは限られている。自分たちにできることは、「現在」に集中し、実力を100%出し切ること。そのための訓練を平常時から積み重ねておくこと

  そして、失敗したときには、自分自身で、セルフ・フィードバックを行うことが、ポイントだという。

成功したら、それを繰り返すには、どうすれば良いか。
失敗したら、それを繰り返さないために、どうすれば良いか。

 そうすると、偶然できたことが今度は必然にかわっていくという。

「安定志向と惰性が組織文化の大敵」

  勝ち続けると、「去年勝てたのだから、今年もそれを繰り返せばよい」という発想になりがちであるが、それが一番危険であるという。この発想をした瞬間から、チームの弱体化が始まる。

  メンバーのパフォーマンスを挙げるために、やる気をアップさせるのは、内発的動機・直接的動機(「楽しさ」・「目的」・「可能性」)であり、逆にやる気を低下させるのが間接的動機(外的な刺激による動機)である。

 間接的動機の中でも、やる気を低下させる要素が「惰性」であるという。なんとなく大学に行く、やりたいことが特にないから今の仕事をなんとなく続けるというのは、パフォーマンスを最も発揮しにくい状態であるという。

 さらに著者は、こう言う。

しかも惰性と言うのは強力な伝染病のようなもので、本人だけでなく、周りのパフォーマンスにも悪影響が広がっていくと私は考えています。

 私が心掛けているのは、常に新しいチャレンジです。去年の実力が100であったなら、今年は去年を上回る110以上をめざす。100を110にするには、同じことを繰り返しても無理で、何か新しいことに挑戦しないといけない。仮に新しい挑戦が何らかの理由で失敗して、実力が110にならず95と前年を下回っても仕方ないと思っています。リーダーにはこの覚悟が必要です。失敗を恐れて守りに入るよりも、挑戦して失敗したほうが、組織の文化やモチベーションに与えるダメージはほとんどありません。

岩出監督の「2つの転機」

 著者は、監督就任当初からこのような発想ではなかった。また就任当初10年間は、伝統校に全く勝てなかったという。

 このような発想をするようになったのは、どういうきっかけであろうか?そこには2つの転機があったという。

  1点は、就任当初、当初、監督を頂点にすべての指示命令するという、典型的なセンターコントロール型組織で指導してきて、生徒・選手に「4年間で成長したな」と感じていたが、卒業後、社会に出ると、入学前に戻ったように未熟なレベルに戻ってしまってしまい、教員としての無力さを感じたこと。

  もう1点は、2002年の最終試合で、負ければ4年生が引退という試合で、応援席の1年生部員が「負ければいいのに」と言っていたというのが耳に入ったことである。

 これら、2つの出来事をきっかけに、自分一人でチームを引っ張るスタイルから、チームメンバーが共感し、チームの一番のファンが部員たち自身であると答えられるチームにしようと決意する。

  チームの中で自分が一番「勝ちたい」と思っていた状態から、メンバーを「勝たせたい」という思いに変わったことで少しづつ勝てる集団に変わり、さらに今では、「関わる人すべてを幸せにしたい」という思いに進化しているという。

 本書にある取り組みを表層的に実行しても同じような効果は出ないであろう。リーダーが体得し、心底納得したことを行っているからこそ、効果が出るのである。

最後に

 著者は、8連覇の後に、9連覇を暗黙の前提とした本書の執筆を開始した。そして実際に9連覇を成し遂げ、本書が出版される。

 しかし、出版後、4年、大学選手権の優勝から遠ざかり、今期4年ぶりの優勝を勝ち取った。9連覇後、どんな苦悩があったのか?またその後、どのように進化を遂げて、今回の優勝を勝ち取ったのか?本書の後の物語を聞いてみたい。

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