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音楽レヴュー 2

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音楽作品のレヴューです
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#イギリス

怒りを隠れ蓑にせず、愛と弱さを歌えるようになった者たち Idles『TANGK』

 ブリストルのアイドルズは、怒りと激しさを隠さないバンドだ。庶民を虐げる政治、有害な男らしさ、苛烈な差別や経済格差など、さまざまなテーマを自らの曲で取りあげてきた。
 良くも悪くもお利口で、何かしらメッセージを発しても遠回しな暗喩や皮肉という形の表現が少なくない現在において、アイドルズの音楽は率直な叫びとして稀有なインパクトを放った。レベル(Lebel)をUKラップが担うようになったなかで、ロック

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艶かしく《女性らしさ》を塗りかえるロンドンのアーティスト Amaria BB『6.9.4.2』

 ロンドンにあるハックニー出身のアマリアBBは、シンガーソングライターとして活躍するジャマイカ系イギリス人。13歳でタレントショー『Got What It Takes?』に出場して優勝を掻っさらうなど、少女の頃から表現力を高く評価されていたが、本格的に注目を集めだしたのは2021年のシングル“Slow Motion”以降だろう。窮屈でステレオタイプな女性らしさを塗りかえたこの曲をきっかけに、Col

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熟練を見せつけるユーフォリックなダンス・ミュージック The Chemical Brothers『For That Beautiful Feeling』

 イギリスのダンス・ミュージック・デュオ、ケミカル・ブラザーズは良質なダンス・ミュージックを作りつづけてきた。テクノ、ハウス、ロック、ヒップホップなどさまざまな要素が混在したトラック群は多くのリスナーに愛され、いまもなお聴かれている。

 マンチェスターのアンダーグラウンドなクラブ・シーンから出発した彼らの旅を振りかえると、興味深い点がたくさんあることに気づく。ビッグビートというジャンルをメインス

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踊らなきゃやってられない世の中を生きぬくために Jessie Ware 『That! Feels Good!』

 筆者にとってジェシー・ウェアは、ダブステップのシーンから出てきたシンガーというイメージだった。SBTRKTとの“Nervous”(2010)、サンファとの“Valentine”(2011)などはダブステップの要素が顕著で、その路線を拡張していくのだろうと思っていた。
 そうした雑感を持ちつつ、ファースト・アルバム『Devotion』(2012)を聴いたのだから、驚きを隠せなかったのは言うまでもな

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ノスタルジーの皮をかぶったモダンなポスト・パンク Heartworms「A Comforting Notion」

 ハートウォームズことジョジョ・オームを知ったのは約1年前のこと。ロンドンのロック・シーンにおいてハブ的場所となっているライヴハウス、ウィンドミルでの公演をアップしているYouTubeチャンネルで、彼女のライヴを観たのだ。ミリタリー・ファッションを纏った姿はゴシックな雰囲気が目立ち、瞬く間に筆者の興味を引いた。肝心のサウンドも琴線に触れた。演奏スキルは荒削りなところもあったが、ダークな音像とキャッ

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Z世代のサブカルチャーと共振するChildsplayのサウンドとヴィジュアル

 ロンドンのレーベルChildsplayは理解不能なところがある。2017年頃にダンス・ミュージック・シーンで台頭してから注目しつづけているが、活動当初と現在では方向性が大きく異なるのだ。
 2019年に出たポリトンネルのEP「Time 2 Time」までは、デトロイト・テクノのスペーシーで叙情的なシンセに影響を受けたトラックがカタログの中心だった。しかし、ヴィジル「I̾N̾2̾D̾E̾E̾P̾」

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Orbital『30 Something』

 “Chime”(1989)、“Belfast”(1991)、“Halcyon”(1992)。ダンス・ミュージックのクラシックとして今も語り継がれているこれらの曲を生みだしたのは、イギリスのテクノ・デュオであるオービタルだ。一言でテクノといっても、彼らの音楽にはさまざまな要素が込められている。アシッド・ハウス、ブレイクビーツ、トランス、1980年代初頭のエレクトロ、パンクなどだ。

 本稿を読んで

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女性があるべき姿になれなかったのか?〜Sarah Meth「Leak Your Own Blues」

 ロンドンの北部で育ったシンガーソングライター、サラ・メスの音楽を初めて聴いたのは2020年だった。同年に彼女がリリースしたデビューEP「Dead End World」を通して、サラ・メスの存在を知ったのだ。
 このEPに触れて、瞬く間に彼女の才能に惹かれた。メランコリックな雰囲気を漂わせる歌声の奥底に佇む凛々しさ、フォークやジャズといった多くの要素を細やかに織りまぜた音楽性など、すでにいくつかの

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DigDat『Pain Built』

 ディグ・ダットはサウス・イースト・ロンドンにあるデプトフォード出身のラッパー。UKドリル・シーンの中でも特にアンダーグラウンドな存在だった彼は、2018年にリリースしたシングル“AirForce”のヒットで大きな注目を集めた。その後は2020年のファースト・ミックステープ『Ei8htMile』を全英アルバムチャート12位に送りこむなど、商業的成功にも恵まれている。

 『Ei8htMile』のヒ

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Manic Street Preachers『The Ultra Vivid Lament』は、歳を重ねた者だけが醸せる滋味深さで溢れている



 ウェールズが生んだ偉大なロック・バンド、マニック・ストリート・プリーチャーズ。彼らの音楽は私たちに知的興奮をもたらしてくれる。多くの要素で彩られたサウンドに乗る、政治/社会性を隠さない詩的な言葉の数々は、秀逸な批評眼が際立つ。
 この批評眼はバンドの高い知性を感じさせるが、近寄り難い高尚さはまったく見られない。哲学書や政治家のスローガンを引用した一節も多い歌詞は耳馴染みが良く、メロディーは親

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Sherelle「160 Down The A406」



 ロンドンのDJ/アーティスト/プロデューサーであるシェレルは、ダンス・ミュージック・シーンの最前線で活躍している。DJ MagやNoiseyといったメディアにミックスを提供し、ボイラールームでのDJは多くのリスナーに絶賛された。2021年5月、黒人とセクシュアル・マイノリティーを支えるプラットフォームBeautifulを作ったのも、大きな話題を集めた。
 No IDというパーティーでのDJが

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Jorja Smith「Be Right Back」



 イギリスのシンガーソングライター、ジョルジャ・スミス。ディジー・ラスカル“Sirens”(2007)をサンプリングした“Blue Lights”(2016)がデビュー曲の彼女は、光速レヴェルの速さでスターへの階段を駆けあがった。ドレイクやストームジーといったアーティストと共演し、映画『ブラックパンサー』(2018)から生まれたサウンドトラック・アルバム『Black Panther: The

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Lava La Rue「Butter-Fly」は世界の新たな声として響きわたる



 NiNE8というロンドンの集団を知ったのは、いまから3年ほど前だ。知るきっかけはサウス・ロンドンを拠点とするプーマ・ブルーだった。NiNE8を設立したラヴァ・ラ・ルーのMVに、彼がコメントをしていたのだ(2人はライヴで共演もしている)。
 お気に入りのアーティストが興味を示すのだから、おもしろい集団に違いない。そう確信し、すぐさまNiNE8について調べた。

 情報を漁ると、多くのことがわか

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Arlo Parks『Collapsed In Sunbeams』が歌う哀しみは、寄り添う優しさで溢れている



 アーロ・パークスは、ロンドン出身のシンガーソングライター。2000年8月9日に生まれ、ナイジェリア、チャド、フランスの血を引く多国籍な背景を持つ女性だ。
 幼いころから小説や詩を制作するなど、現在に至るまでパークスは言葉の世界で生きつづけている。シルヴィア・プラス、オードリー・ロード、ナイラ・ワヒードといった詩人の詩を読んできた感性は、さまざまなスタイルや視点に影響を受けた表現者であるとうか

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