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貧民街の神社(カルマティックあげるよ ♯162)

天候にも恵まれたある日、エツと二人で車を走らせながら、いくつもの神社を巡りお参りをしていた。カーブの続く山道を走り抜け、その日3社目の神社に辿り着いた。その神社は周辺でも有名な貧民街の中にあった。

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車を降りて境内の入り口へと向かう。舗装もされていない土がむき出しの狭い峠道に面した入り口前には、拝殿のような小さな建物が佇んでいた。手前には賽銭箱があり、大勢の参拝客が参拝するために並んでいた。6人程度の行列が5列ほど、合わせて30人ほどだろうか。ガヤガヤと彼らが話す喧噪がにぎやかに聞こえてくる。僕とエツもその列に加わった。

エツとは会話を交わさず、お互い無言で並んでいた。ふと近くにいた参拝客の顔を見ると、鼻と口がなかった。顔面の皮膚が草の根の形のように四方八方に大きくひび割れ、その隙間からは枯葉色に乾燥した肉と、そこに埋め込まれたかのようなきょろきょろと動く2つの目が見えた。さながらウルトラQに出てくるケムール人のような顔だった。しかもその客は頭の先からローブのような布をかぶっているので、全身から顔だけが浮き上がるように目立っていた。辺りを見渡すと同じように顔面がひび割れた参拝客が他にもいた。
僕は知っていた。この顔面の変形は貧民街内で発生した特殊な疫病の症状によるものだ。酷い有様だが彼らには治療するお金もないのだろう。僕は憐れんだ。そして彼らの、言ってしまえばグロテスクな容貌に畏れを感じたのだった。

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やがて入り口でのお参りを済ませ、境内へと入った。境内は小高い丘のようになっており、石段で造られた坂道を登ると広い庭園に出た。僕はエツと別れ、一人で歩き始めた。

庭園は池泉回遊式に近い構造で、見渡す限りに蒼く透き通った池が広がり、その周囲には丁寧に整えられた芝生と石畳を敷いた園路が築かれていた。園路の傍には楓に似た緑樹が点々と立っていた。一般的な日本庭園と違って樹木の数は少なく、とても見晴らしがよかった。不思議なことに、丘の上にある神社の境内のはずなのに、地平線の彼方まで緑と水に満ちた庭園が平坦に広がっていた。快晴の青空が気持ちよく世界を包み、地上は光に照らされ輝いていた。まさに桃源郷と呼ぶにふさわしい、美しく清らかな世界だった。

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川のように流れる池に沿った園路を歩いていると、赤く塗られた太鼓橋が目の前に現れた。とても高く沿った橋のため、向こう岸の景色が隠れ全く見えない。ふと右を向くと、四方から流れ込んだ池が湖のように地平線の彼方まで広がっており、その中を膝下まで水につかって歩く2人の女性の後ろ姿が見えた。中年以降と思われしふくよかな女性と、白髪で痩せた小柄な老婆だった。後ろ姿とはいえ自分の肉親でもない、見知らぬ誰かと判別できた。2人は寄り添うように池の中をゆっくりと歩いていた。

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目が覚めた。とても安らかな気分だった。
そして思った。桃源郷という世界は美しく完璧な人間ばかりでなく、夢の中の拝殿前で見かけたような、貧しさや醜さを背負う異形と呼ばれてしまうような人々も、安らかに過ごしてゆける世界であるべきなのだろう。


文:KOSSE 画:ETSU
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