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悲劇のランチ

職場のビルにはいくつかの飲食店も入っている。そこで、かねてから食べてみたいメニューがあった。それは、中華料理店がランチメニューで作っている『汁なし担担麺』。

職場のある女性が、たまにものすごく良い香りのする麺をすすっている。それが気になって気になって…。最近、飲食店フロアをブラついていたところ、この中華屋さんを発見した。そうか、あのいい香りのするメニューのその正体は、この『汁なし担担麺』に違いない。それ以来、『汁なし担担麺』のことばかり考えていた。


そしてつい先日、いよいよこのメニューを購入することを決意した。12時過ぎになると、わたしはエレベーターを使って飲食店フロアへ。迷うことなく中華料理店に向かったが、『汁なし担担麺・780円』の値札を見て、いったん冷静になった。トンカツ弁当にしようかな…あれは、600円台でも買えるし。わたしにとって780円のランチは安くない。

そうして、いったんその辺を歩き回っていると、同じ職場の男性と会った。そうだ、彼に『汁なし担担麺』の評判を聞いてみよう。

「すみません、あの中華屋さんの汁なし担担麺、食べたことありますか?」
「うん、あるよ」
「美味しいですか?」
「辛いよ」
「エッどれくらい辛いですか?」
「結構辛いよ、でも、辛いのが好きな人なら…」

辛いものはもちろん大好きだ。ただ、そんなに辛い辛いと言われると…少し不安を覚えながらも、結局780円でそれを購入した。あと、なぜだか分からないけど、「汁なし担担麺をください」と言ったら、中国人の店員さんに、少し笑われた。


『汁なし担担麺』を手に入れてすっかり安心したわたしは、職場に戻り少しだけ仕事を片付ける。そして、お待ちかねのランチタイム!

大きめのカップに入った『汁なし担担麺』。まず衝撃だったのが、担担麺のうえに”半ライス”が乗っていること。その光景が理解できず、一回フリーズした。ラーメンに半ライス付いてくる、的な発想だろうか。いや、でもこれはあくまで”汁なし”の担担麺なんですよ、店員さん。まさか、この担担麺のひき肉で食べる的な発想だろうか。そんな暴力的な発想なんだろうか。なんか、このメニュー怖い。

完食できるかどうか、という不安を覚えつつも、ひとまずこの雑に盛られた”半ライス”から取りかかることに。この担担麺の具にはひき肉のほか、高菜が入っているらしく、なかなか辛かった。でも辛党のわたしだから、問題ない。ああ、はやく麺が食べたい。懸命にライスを食す。

そうしてやっと姿を現した『汁なし担担麺』。どれだけ美味しいのだろう…と期待に打ち震えると同時に、膨大な麺の量に震える。まずは、豪快に混ぜ上げる。そして、まずは一口………。


―――あれ?


なんか…なんか、想像してたんと違う。え、これ、油そば的な要領ではないの?めっちゃヌルっとしているし、この絡んでいる油には味を感じない。ということは、この具である激辛ひき肉たちと共に食べなければ、全然進まない。もしや混ぜが足りない?………………。いやいや、ものすごく混ぜても、やっぱり味がしなくて、ヌルっとしていて。そして、辛い。無感動の辛さ。出てます、汗、出てます………。

心が無になった。以前、あの中華屋さんの別のメニューを買いに行ったときは、3人連続くらいでこの『汁なし担担麺』が売れていた。あいつら、何を求めてこれを買ったの?これ、美味しいと思ってるん?辛さがあればいいの?そうなの???

そういえば、店員さんがわたしを笑っていた。あれって「お前みたいなやつが、この激辛担担麺を完食できるのかい?」という嘲笑いだったのだろうか。いや、この半ライスが乗っている状況もだいぶおかしい。普通の担担麺を想像してノコノコ現れたわたしに「まあ、この担担麺、半ライス乗ってますけどね」という笑いだったのか。もうすべてが疑心暗鬼である。

とめどない辛さと闘いながら、休み休み、『汁なし担担麺』を食べ進める。もう何でこんなものを食べているのかよく分からない。具以外は味がしなくて、ヌルッとしてて、絶望的に辛い。そしてついには、これを完食をすることができなかった。この何も得られない味に対する悲しさと、ご飯を残してしまったという悲しさで、午後は仕事に手がつかなかった。


普段、ご飯に対して「お金を無駄にしたなあ」と思うことはそうないのだけど、この日ばかりは『780円』の悔しさが強く残った。同じ780円なら、となりの洋食屋さんの少し高めのお弁当でも良かったのだ!くそ、職場のあの男性が美味しいとかいうから…

いや、彼は本当に美味しいと言っただろうか?

彼は「メッチャ辛いよ!」とは言ったが、美味しいとは言っていなかった。それに、確かに”辛いものが好きな人”にとっては、事足りるメニューなのかもしれない。全然間違ってない。どうしよう、誰も悪くない。

しかも、今思えば『汁なし担担麺』からは、職場の女性が啜っていた麺の香りは一切しなかった。あの人、一体何を食べてたの?それに対して、わたしは何を食べてたの?


この出来事の前日には、職場のみなさんとランチに行ってきた。その際は、色々な意思疎通のズレから、みなさんは『色んなメニューをみんなでシェアするスタイル』、わたしだけは『一人御膳スタイル』という、ヤバめのシチュエーションになっていた。さらに、サラダ的なものが配られて、じゃあ食べようか~という号令が掛かったのに、みんな空気を読みあって手を付けなくて、結局わたしだけがフライングで食べ始める形になったり。これは罠…?!と、人間不信になった。

みんなでご飯に行っても失敗するし、一人でご飯を食べても失敗する。願わくば、間違いなく美味しいご飯が、食べたい。

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