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芸術や文学を解しない商科の大学の同僚のことは、容赦なく「算盤野郎」と呼んでおられた。 2020/07/04

 スタンディングデスクで仕事するときは、靴を履いたほうがいい。じゃないとものすごく腰がツラい。という訳で痛くなった腰をさすりながら、室内ばき用のスニーカーを買いに散歩した。裸足で履いても蒸れなそうなメッシュのランニングシューズがはからずもセールしていてちょっとお得な気分。

 その後、早速新調した靴をはきながらスタンディングデスクで立ち読み。田尻久子『橙書店にて』を読み終わったのだけど、熊本の大雨のニュースが流れてきて心配になる。お店はもちろんだけど、お客さんのことも書かれていたから、なんとなく知り合いになった気分でみんなのことが気に掛かる。

 続いて平出隆『私のティーアガルテン行』をを読む。ティーアガルテンというのはドイツ語で動物園、猟場を意味する単語らしい。うちの娘も、上の子は小学3年生なのだけど、夏休みの自由研究みたいなことをするんだろうか。

 小学三年生のとき、夏休みの宿題に自由工作というものが出された。ところが私は、休みが終りかけてもなにをつくればよいか、まったく思い浮ばなかった。九月一日か、手ぶらで登校した私の目を惹きつけるものがそこにあった。両手で囲みきれないほどの大きさの、同級生がこしらえた野球盤だった。 扇型の中にダイアモンドが仕込まれ、あちこちの守備位置に厚紙でできたナインが立ち、打席にはバッターが構えている。ぐるりはフェンスに囲われていた。
 その輝かしさに胸がときめいた。一日遅れの提出のために、私は下校時に文房具屋に立ち寄って、なけなしの小遣いで特厚の馬糞紙を購入した。私もまた、野球盤をこしらえにかかったのである。
 ところが、家に帰って工作をはじめると予想しないことが起った。めったに叱ることのない母親であったが、このときは傍らから、「物まね猿!」と口惜しそうに批難をくり返してきたのである。
平出隆『私のティーアガルテン行』P.88-P.89

 しかもこの野球盤、後発の物まね猿である平出少年の方が出来の良いものを作ってしまったらしく、本人も気まずい思いをしたというお話なのだけど、読んでいて双方のざわつく気持ちみたいなのがリアルにたちあがってきて、うわぁ、となった。

 大学では出口裕弘に師事したらしいのだけど、その後も物書きとしてやっていく場合、教師と同じ世界で活動することになるんだなぁ、というのが面白い。『遊歩のグラフィスム』を刊行した際にもらったハガキの一節「こういう本を出すために、われら、生きているんだものね。」っていう、このわれらっていう同じ土俵にいる仲間の感じがとても新鮮だった。自分の感覚だと先生たちとは、戦場が違うのだけど、こと文学に関しては戦場を同じくする感じがあるなぁ、と。

 たとえば「白熱」ということばを、たとえばこくも香もある赤ワインを、たとえば東京の東部という幼少からの縄張りを、そして歯切れのよい啖呵を、愛された。身長は一六〇センチに満たないが、足を振り上げれば鴨居に届くんだ、と自慢をされた。そして大学という枠を、自然にはみ出していた。芸術や文学を解しない商科の大学の同僚のことは、容赦なく「算盤野郎」と呼んでおられた。
平出隆『私のティーアガルテン行』P.228

 最近、プライベートではとみに大学生の頃のような読書生活にどっぷり浸かっていることもあり、仕事モードとの乖離が激しくなっている。仕事の時は「算盤野郎」なんだが、ギャップが激しくて自分自身が不思議な感覚になっている。あ、そうそう、川崎長太郎が読んでみたくなった。




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