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今日も、読書。 |受け取った本も渡す本も、誰かにとって特別な一冊

2022.6.19-6.25



伊与原新|月まで三キロ


伊与原新さんは、神戸大学理学部、東京大学大学院博士課程を修了された経歴を持つ。専門は地球惑星物理学。そんな著者の経験と知識が、作品の中に余すことなく活かされている。

人生にもがき苦しむ人たちに、自然の摂理が、優しく寄り添う。『八月の銀の雪』を読んだ時の、あのほっこりとした感動を、もう一度味わうことができた。第38回新田次郎文学賞受賞作、『月まで三キロ』。

私は文系出身で、理系分野の知識に対する漠然とした憧れがある。理解力は到底及ばないが、理系知識の表層に触れると、文系分野では味わえないような種類の興奮が感じられる。理系ミステリ作品(森博嗣さん、周木律さんなど)に惹かれる理由も、たぶんそこにある。そして伊与原さんの作品も、この種の興奮に満ちている。

「この先にね、月に一番近い場所があるんですよ」。死に場所を探す男とタクシー運転手の、一夜のドラマを描く表題作。食事会の別れ際、「クリスマスまで持っていて」と渡された黒い傘。不意の出来事に、閉じた心が揺れる「星六花」。真面目な主婦が、一眼レフを手に家出した理由とは(「山を刻む」)等、ままならない人生を、月や雪が温かく照らしだす感涙の傑作六編。新田次郎文学賞他受賞。

あらすじ

著者の伊与原さんは、どのようにして、物語の着想を得ているのだろう。

たとえ知識があっても、それを膨らませて、ひとつの物語にまで昇華することは、容易な作業ではないはずだ。いずれにしても、伊与原さんが、自然を、生物を、天文を、そして人間を、深く愛する方であることは間違いないと思う。伊与原さんの観察眼からは、万物への愛が感じられる。

様々な分野の科学の知識が、人間の物語の中に違和感なく溶け込み、悩める人たちの背中を押す。理系知識がただ物語を補完するものとして登場するのではなく、物語の主軸としてメインの展開を形作っているところが良い。加えて各短編には「日常の謎」ミステリ的な要素も含まれていて、読んでいて飽きることがない。

短い短編の中で、登場人物の生い立ちや境遇を、深く掘り下げてくれているところも読ませるポイントだと思う。読み手はわずかな文量の中でも登場人物に共感し、物語に深く入り込んでいくことができる。そして、だからこそ、自然がもたらしてくれる「当たり前の奇跡」に、私たちの胸は高鳴る。登場人物たちと一緒に、自然の営みに救われたような気持になる。

表題作「月まで三キロ」のラストシーンは、必読。主人公とタクシー運転手の見ている光景が、彼らを優しく照らす月明かりが、目の前に浮かんでくるようだった。



2022.6.5 「読むしかできない」に参加してきました!


Akaneさん(@nir_books_akane)が主催されている、「読むしかできない」という読書イベントに参加してきた。

以前、こちらのイベントの「片付け&ミニ読書会」にお邪魔させていただいたことがあり、新しい本との出会いがあって、非常に楽しかった。次はぜひイベント本編の方に参加したいと、密かに機会を伺っていて、とうとうそれが実現した。

感想を一言で言うと、読書好きには堪らない贅沢な1時間を過ごすことができた。こういう素敵な読書イベントが、読書好きたちの繋がりが、もっと広がっていけば良いと思う。

「読むしかできない」は、御徒町の台東デザイナーズビレッジという、廃校をリノベーションした施設で開催されている。本に囲まれた教室の中で(本はAkaneさんの私物!)、1時間ひたすら読書に没頭するという、贅沢な時間を過ごすことができる。

雑念に振り回されがちな日常生活の中に、純粋に読書のためだけの1時間が、ぽっかりと存在していた。読書は本さえあればどこでもできる行為だけれど、あの1時間は間違いなく、「読むしかできない」の空間でないと体験できないものだった。

読書時間の前後には、主催者のAkaneさんと本のお話も出来て、楽しかった。岩波書店の「STAMP BOOKS」というレーベルについて教えてもらい、また新しい読書の地平が開かれた。

「STAMP BOOKS」とは、現代の若者層向けに、翻訳作品を刊行するシリーズ。海外からのエアメールのようなデザインのソフトカバーで、良い意味で岩波らしくない、新しい試みだ。


このイベントのもうひとつの魅力は、参加者間の「本のリレー」。

参加者は、前の参加者が選んだ本を一冊受け取り、そして後の参加者に向けて、自身の選書本を一冊託す。小さなメッセージカードを添えて、自分の好きな本が、まだ見ぬ誰かのもとに届く。同じ読書好き同士の、好きな本を通じた繋がりが嬉しくて、ここで受け取った本も渡す本も、誰かにとって特別な一冊になる。

今回私は、エリーザ・プリチェッリ・グエッラさんの『紙の心』という、素敵なペーパーバックを受け取った(前述のSTAMP BOOKSシリーズの一冊だ)。そして次の人(今回私は最後尾だったため、主催者のAkaneさん)に託したのは、私が米澤穂信さんにハマるきっかけとなった大好きな小説、『さよなら妖精』だった。


読書を通じて人と繋がることができるなんて、1年前の私は考えもしなかった。Twitterやnoteを始めて、色々な人の活動に刺激を受けて、少しずつ外の世界に目を向け始めた自分がいる。

これから先、本や出版のあり方がいかに変わっていくとしても、誰かと本について語り合い、本を贈り合うことの喜びは、きっと色あせることはない。そんな本の強みを、ひしひしと感じたイベントだった。



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