見出し画像

今日も、読書。 |花咲く人情譚 ~「良い短編集」を読みたい人へ

時々無性に、「良い短編集」を読みたくなる。

例えば、サリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』や、向田邦子さんの『思い出トランプ』、伊与原新さんの『月まで三キロ』のような。

短い物語の中で、しっかりと心を揺さぶり、感動させてくれる。そんな、完成度の高い短編集を、どうしようもなく読みたくなる。



乙川優三郎|五年の梅


乙川優三郎さんの『五年の梅』は、第14回山本周五郎賞を受賞した短編集。意外にも、時代小説では初めて本賞を受賞した作品である。

私は、山本周五郎賞受賞作を全て読むという使命を、勝手に背負っている。『五年の梅』は、その道中で出会った一作だ。

読み終えた時、「そうそう、こういう短編集が読みたかった」と、思わず唸った。「良い短編集」を探し求める全ての本好きに、この小説をお勧めしたい。


友を助けるため、主君へ諫言をした近習の村上助之丞。蟄居を命ぜられ、ただ時の過ぎる日々を生きていたが、ある日、友の妹で妻にとも思っていた弥生が、頼れる者もない不幸な境遇にあると耳にし──「五年の梅」。表題作の他、病の夫を抱えた小間物屋の内儀、結婚を二度もしくじった末に小禄の下士に嫁いだ女など、人生に追われる市井の人々の転機を鮮やかに描く。生きる力が湧く全五篇。

あらすじ


本作は、5つの短編から成る時代小説である。ひとつの短編は50~70ページくらいで、ちょっとした時間に読み切れる。

どの短編も、江戸時代の庶民にスポットライトを当てている。身分社会である江戸時代、貧しくて厳しい生活を強いられた人々の、人生の転換点が切り取られている。


本作の根底にあるのは、「再生」の物語だ。

人生も半ばを過ぎ、多くの苦渋を舐めてきた市井の人々が、とうとう絶望の淵に立たされる。それでもなんとか生きる希望を見い出し、再生への道へと足を踏み出す物語。


本作を読んでいると、「人情」の大切さに気付かされる。

自身の体裁ばかり気にする利己的な人や、何もかも他人のせいにする無責任な人、権威に傘を着せて他人を貶める人。現代にも、そのような悪人は存在するが、身分社会の江戸時代では、より顕著だっただろう。

そんな厳しい社会で、大切なのは、誰かを思いやる気持ちだ。ちょっとした気遣いが、誰かの人生に明かりを灯す。

絶望の暗がりに、差し込む一筋の光。乙川さんは、力を込めて、その刹那を描く。



表題作「五年の梅」にも「梅」が含まれているが、本作の短編には、要所で「花」が登場する。

「後瀬の花」の卯の花。「小田原鰹」のそてつ。そして「五年の梅」の梅。

花の美しさに気づく人は、きっと、誰かを思いやる気持ちを持つ人だ。周囲に目を配り、些細な変化に気づき、美しいものを美しいと慈しむことができる人。

人々に気づかれず、ひっそりと咲く花々。その健気な美しさに気づき、そして自分自身を重ね、人生を見つめ直す。

本作で咲き誇る花々は、再起へと踏み出す人々の背中を、優しく押してくれている。


これを読まないで、人生を終えるのは勿体ない。「良い短編」は、読み終えた時に、そう思わせてくれる。『五年の梅』は、間違いなくそういう作品だった。



↓「今日も、読書。」のイチオシ記事はこちら!

↓「今日も、読書。」の他の記事はこちらから!

↓本に関するおすすめ記事をまとめています。

↓読書会のPodcast「本の海を泳ぐ」を配信しています。

↓マシュマロでご意見、ご質問を募集しています。

この記事が参加している募集

推薦図書

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?