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#17 おばあちゃんだけど、時々転生代行救世主やってます

「いったん二手に分かれましょう」
 あの謎の足音が完全に聞こえなくなった後、クロ君は用心深く人の姿に戻り、そう耳打ちしてきた。
「二手に…どうして?」
「先程の足音の主を混乱させるためです」
 さっきの人?…なら、どこかにもう行ってしまったと思うんだけど…
 不思議に思いクロ君を見返すと、クロ君は棚の端から足音が消えた方向に目を向け
「あれは、たぶん見失ったとかではなく追っている事に気付かれたから、いったん姿を消したんだと思います」
  ははぁ、その発想は無かったわ。でも、そうね。その可能性もあるわよね。という事は、まだすぐ近くに居るのかもしれない。
「分かったわ。でもクロ君も私もこの建物は初めてなんだし、別々に行動したら合流するのは難しいんじゃないかしら?」
 クロ君に合わせ私もヒソヒソ声で話す事にする。
「足音から察するに、追ってきているのは1人です。なので二手に分かれた場合追えるのは片方のみ。なので、追われてない方は引き返して追っ手を挟み撃ちするような形で追いかけたら良いと思います」
 確かに足音は1つだったようだし、誰かと相談するような声も聞こえなかった。ただ、二手に分かれた場合、応援を呼んだりする可能性もある。
  ここは今、神を殺したとされるクロサキさんの本拠地でもあり、サキシマさんと組んで潜入した私達とは当然敵対関係。それどころか、ミクべ神を生き返らせたいという私達の使命を知れば、下手したら命すら狙ってくるかもしれない(もう死んでるけど)。
 とはいえ、ここでモタモタしている時間は無い。だって、この地下界のミクべ神が殺され、世界が崩壊を始めているのだから…
「そうね。じゃあ、その作戦でやってみましょう」
「はい。それで、分かれる方法なんですが、ユメミさんは宝石が光る方向へ行って下さい。俺はユメミさんとは逆方向へ行きます」
「私が宝石を持ってるし、そうなってしまうわね。そもそも私じゃ、追われてるかどうか気付けないかもしれないし」
「ええ。追っ手も正解の道を進むユメミさんの方を追うと思いますので、その後を追いかけようと思います。囮みたいな形になってしまって申し訳ないですけど…」
 「ま、大丈夫でしょ。さすがにこんな子供をいきなり殺す事もないでしょうし、クロ君が後を付けてくれるなら安心だわ」
 クロ君は「頑張ります」と小さな声で呟くと、再び黒猫の姿となる。私も棚の陰から立ち上がり、周囲を警戒しつつ先へと進んだ。その少し後をクロ君がついてくる。
 そして十字路に差し掛かった時、私は首元のマフラーを少し捲って体を右に傾けつつ宝石の輝きを見た。
 先程よりも少しばかり明るさが増した。
「………」
 私達は言葉の代わりに視線を交わして左右へと分かれた。

  クロ君と分かれてまだ数分と経っていないだろうけど、既に私は不安と心細さに苛まれていた。
 いい歳して情けないと思いつつも、やはり見知らぬ土地で1人きり、しかも誰かに追われてるという状況では、さすがに楽観者を自負する私でも慄いてしまう。
  ずっと私の靴音だけがして、本当に私が追われてるのか?クロ君はちゃんと付いてきてくれているのか?そんな不安が頭の中でグルグルしている。
 もしかしたら私ではなくクロ君が行った方向に追っ手が行っているのかもしれない。今から引き返して確認してみようか?そんな疑問が浮かんだ最中、廊下の先に気になる扉があるのが見えた。
 その扉は他の洋式なドアではなく引き戸のようになっていた。左右には蝋燭が壁に掛けられていて、いかにも他とは違う雰囲気を醸し出していた。
「もしかして、あそこにミクべ神様が…」
 その扉に近付こうと歩を早めた瞬間、背後から「タンッ」と軽い何かが地を蹴るような音が聞こえ、そして「カツン」とヒールを打ち付けたような音がした。
 咄嗟に振り返れば、そこには大企業の秘書然とした、至極真面目そうな眼鏡の女性がコチラへと向かって歩いていた。その頭には、シロちゃんやクロ君にもあるような、大きな動物の耳が付いている。
 先程まで聞こえなかったハイヒールのカツカツという高い靴音を聞き、ああ、この人が私達を追っていたんだな、と直感的に思った。
「お嬢さん、ここは部外者立ち入り禁止ですよ」
 この声、どこかで聞いた覚えがある。
 確か、私達が御手洗に身を隠してやり過ごした際に聞こえてきた男女の声の内の1つ。「はい」と短く応えた、あの声だ…。

#18へつづく


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