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誤訳のパターン5 原文のレトリックを読み取れない

 間違っている翻訳、つまり誤訳にはいくつかパターンがある。
 今日は学習不足による「原文のレトリックを読み取れない」について訳文を挙げ、対策を考える。

none of theを辞書で引く

Reykjavik is like Legoland. It has all the paraphernalia of a global capital – parliament, striking modern cathedral and opera house, port and airport – but none of the scale.
レイキャヴィークはレゴランドのようである。世界の首都のあらゆる装備一式――国会、目を引く近代的な大聖堂、オペラハウス、港、飛行場――を備えているが、スケールはまったく異なる。

アイスランドの首都、レイキャヴィークについての記述である。最後のnone of the scaleに注目してほしい。辞書を引くと〈none of+定冠詞+名詞〉で、「何ひとつ~ない」と載っている。
 そこで「スケールはまったく異なる」と訳したのだろう。だが、「まったく異なる」というのは、一体「何」と異なるのだろう。意味をなしていない。第一、冒頭の「レゴランド」がなぜここに出てきたのかに対する答えがない。

Wikipediaで背景情報を見る

 この英文のカギは「レイキャヴィーク」という街の特徴にある。Wikipediaの「レイキャヴィーク」の項を見てみよう。

国会や首相官邸などの政府機関が市内に集中しているが、どれも驚くほど小規模で、アイスランドという国のスケールをうかがい知ることができる。

Wikipediaより

 そう、人口12万人の首都にあるものは、すべて「小規模」なのである。冒頭の「レゴランド」とも整合する。ということで、訳はこうなるだろう。

Reykjavik is like Legoland. It has all the paraphernalia of a global capital – parliament, striking modern cathedral and opera house, port and airport – but none of the scale.
レイキャビクはレゴランドのように見える。国会議事堂、立派で近代的な大聖堂、オペラハウス、港、飛行場。首都にあるべきものは何でもあるが、どれもがミニチュアだ

 つまり、この文は「レゴランド」に呼応して、ちょっと大げさに「ミニチュア」であると言っているのである。

意味がわからない語・表現の答えは「原文のどこか」にある

 こうした誤訳を防ぐ方法は2つある。冒頭の「レゴランド」とは何だろうという疑問を頭に入れて最後まで読み進めることがひとつ、そして「レイキャヴィーク」とはどんな街なのかを調べることである。そうすれば、意味不明な訳文が出てくることはない。
 none of the scale「少しもそのスケールではない」はどういう意味かとつきつめれば、数行前のlike Legolandで「(何でもあるけど)レゴランドのように小さい」とあるので、ヒントがここにあるとわかるはずである。
 この文では、同じ文のなかにヒントがあった。だが小説、エッセイなどの場合、ストーリーの冒頭にヒントがあることも多い。最初に何が書いてあったかをすっかり忘れた頃に、その部分と呼応する表現が出てくるので「えっ!? これってどういう意味?」と思ってしまうのだ。 

長い文章は段落ごとに「1行まとめ」をする

 これを解決する方法がある。長くて読みづらいストーリーを読むときは、段落ごとに母語(日本語)1行で要約する。1章終えたら、そこでまた章の要約をする。
 「何のことを言っているのだろう」と思ったら「1行まとめ」だけを読み返す。すると、「あそこの、これのことか!」とわかる。
 この「1行まとめ」は8~9年ほど前、「めだかの学校」という勉強会で高橋さきのさんに教わった。英文を読むのが比較的遅い翻訳者、チェッカーにはとくに役に立つ読み方である。これだけで全体の流れもわかるしロジックも負えて、誤訳も防げる。それなのに割と知られていない。ちょっと残念だ。

その他、「ヒント」がどこにあるかを知る

 また、雑誌記事などの場合、写真やキャプションに「ヒント」があることもある。本文に脈絡のない語が突然出てきた。「1行まとめ」を読み返しても、それらしき内容の箇所がない。そんなとき、写真やキャプションを読んで「これか!」となることもある。
 とくに注意すべきなのが、当該写真やキャプションが翻訳指定箇所以外である場合。ついつい見逃しがちだが、「ヒントは必ずどこかに隠れている」ことを忘れず、安心して「ヒント探し」をしよう。

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