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【カジュアル書評】 クヨクヨ・イライラしがちな50代女性におススメする3冊 『50歳からでも、頭はよくなる!』林成之(三笠書房 知的生きかた文庫)『旅する喫茶店』(旅行読売出版社)「灯台へ」(河出書房新社 池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第2集より 鴻巣友季子訳)

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※栄中日文化センター「豊﨑由美の書評道場」2023年5月分として提出した作品を、講評をもとに修正し、横書きに変えて掲載します。講師採点は5点満点の4点、講師と参加者による採点結果では12人中4位でした。この日の書評王からの「ダントツで好き」も頂戴しました。
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 更年期という言葉は聞き飽きた。いつか終わる人生の後半に不調が訪れるのは仕方ない。でも、まだ、子供たちの心配も親の介護も仕事も手一杯抱えるこの時期に、急激に女性ホルモンを減らして心身の不調を引き起こすとは、何の罰だろうか。ほぼ10年も付き合わねばならぬとは。
 気が晴れぬときは書店へ行く。通路をさまよい、背表紙を眺めるうちに高揚感は得られよう。まず目に飛び込むのは『50歳からでも、頭はよくなる!』だ。物忘れイコール認知症ではないとわかっていても、キッチンの引き出しからちくわを発見したら冷や汗をかく。大丈夫かよ。嘘でもいい、頭は良くなると言ってくれ。衝撃の言葉が待っていた。〈頭が悪くなる習慣④人づき合いより、「ひとり時間が好き」〉! 健康の大敵であるストレスを防ぐためにはひとりが一番と思っていた。知って良かった。〈「芽が出る食材」を積極的に取ろう〉〈本を「くりかえし読む」と脳の機能が高まる!〉もすぐに実行できそうだ。〈人生「最大の見せ場」はじつは、50代から〉とまで言ってもらえれば明日への活力も湧いてくる。
 次に目についたのは喫茶店めぐりの棚。数々の雑誌やエッセイの中から手に取ったのは『旅する喫茶店』。ややレトロな全国の喫茶店を取材して、コンパクトなA5サイズにまとめてある。色鮮やかな写真が豊富で、新聞に似た活字体を用い、店の歴史、店主の話、全体の印象を落ち着いた文章で綴っており、スマホでの表示とは違う趣がある。地元の名店が載っていたが、一般客としては知り得ない情報が紹介されていて、これは買いだ。小脇に抱えて旅に出れば、家でひとり過ごすよりは頭もよくなろう。可愛いイラスト入りのカバーを外すと、黄褐色の表紙にミルやサイフォン、裏にはパフェが描かれている。まるで老舗店主のような隠れた心遣いだ。
 港にほど近いクラシカルな喫茶店を見つけたら、そこでゆったりと小説を読みたい。できれば日常から離れた海外古典文学を。世界文学全集の棚へ急ぐ。海の近くで読むなら「灯台へ」。著者はヴァージニア・ウルフで、1990年代の映画〈オルランド〉の原作者でもある。読みはじめてすぐに登場するのはラムジー夫人。なんと8人の子供がいて、島の別荘に大勢の客を招き家族で過ごしている。料理人がいるので優雅な生活と思いきや、〈白くなった髪や、こけてきた頬を見るにつけ〉と自らの容貌の衰えを嘆く五十路の女である。そればかりか、年離れた夫である気難しい哲学者の機嫌取りもしなければならない。編み物や読み聞かせ、客たちへの心配りに追われ続け、自分の時間などわずかしかないようだ。わかる。ラムジー夫人とお友達になりたい。しばらくの間、彼女の内面を自分に重ねながら読み進めると、いつの間にか別の人物の内面に切り替わっている。小説によくある会話のカッコ記号が少なく、登場人物の自由な心のつぶやきが続く。何だろうこれは。それほど違和感はなく、むしろ心地よい。まるでSNSのタイムラインだ。普通は計り知れない他人の本心をのぞいているみたいだ。ウルフは〈意識の流れ〉小説を書いたともいわれるが、1882年生まれとは思えないほど現代的ではないか。同じ場面が、少しあとに別の人物の視点で語られるのを読むにつれ、自分の周りの厄介者にも色々と事情があるのかなと思えてくる。
 時折あらわれる海の描写が詩のようで美しい。〈色の淡い半月形の浜辺に、波がつぎつぎと寄せては返し、真珠色のヴェールをなめらかに掛けていった〉〈すっかり夜のとばりがおりると、それまで暗がりの絨毯をいかめしく照らし模様を撫でていた灯台の光も、いまでは、月明かりとあいまって春の陽のようにやわらぎ、静かに滑っていく〉
 近いうちに海の見える喫茶店に出かけ、ウルフの「灯台へ」をじっくりと読もう。
(想定媒体:週刊文春WOMAN)

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普段はあまり海外文学を読まない人にも、不思議な癒しのある鴻巣さん訳の「灯台へ」を手に取っていただきたいです。(文庫化を切に希望します。)

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