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ミッションコンプリート!

今日の朝は風がやたらと強かった。母が洗濯物干しに注力しているのを横目に見ながら、遅く起きた私はとりあえずご飯を用意する。冷蔵庫にラップしてあった昨日の夕食の残りと冷ごはんを温めて作ったおにぎりだ。もぐもぐと食べながら手元にあったスマホを手に取った。

思わず口元に手を当てる。今日は母の日であったことをようやく思い出したのだ。いつもなら何かしらのお花のイラストを描いて贈っていたのだが、今年はちょっと前に聞いた時には特にリクエストがなかったためにすっかり忘れてしまっていた。


テレビ台の上には私がこれまで贈ったカサブランカ、フリージアのイラストが飾ってある。ちなみに昨年プレゼントしたメロンソーダのイラストについては「何でメロンソーダ…?」という圧を全力で掛けられたので、今年こそはもっと喜んでもらえるものを描こうと思っていたはずだった。

問題は母の好みに合わせるのがものすごく難しいということだ。母は誰かにもらうものに対して人一倍のこだわりを発揮することがある。まず一番困るのはカーネーションが好きじゃないことだ。その一点だけで母の日らしさが減る。


とりあえず様子をうかがってみる。ベランダから部屋の中に戻ってきた母は「外寒いよ」などと声を掛けてきたので返事をする。こういう時に一番いい方法を私はよく知っている。

「お母さん母の日だよ!いつもありがとう!」
「いえいえ」
「何かして欲しいことある?」
「うーん…」

本人に直接聞く。それが一番いい。けど今日は運悪く違った。

「特にないね」
「えっ!」

そんなあっさりした答えに私はあてが外れて焦り始める。すると母は何でもない顔でこう言った。

「だって私が好きなお花は描いてくれたじゃない。フリージアとカサブランカ。時期が外れて用意できないからそうしてくれたんでしょ?もう飾ってあるからいいよ」
「け、けど新作とか…今年の分とか…」
「特に今欲しいものはないのよね」

そうして母はすたすたと手を洗いに洗面所へと向かって行った。


残された私は頭を抱えることになる。その後昼食を一緒に作ろうかと思ったら母は私と違うものが食べたいと言うし、夕食は既に仕込んでおいたローストビーフだったので私はすっかり出る幕を失くしてしまったのだ。

思いついたプレゼントをみんな突っ返されるという悲観的な想像しかできなくなった私は唸りながらパソコンの画面をずっと眺めていた。Amazonで欲しいと言っていた日用品はつい先日買ってあげたけど、それはプレゼントにはならない。

何か特別なものはないのかとひたすらに頭を悩ませる。いつもの花のイラストにするという線が消えた時点でもっと真剣に決めておくべきだったのだと悔やんだ。


しかし夕食後になって母が「プレゼント思いついたんだけど」と言って部屋に来たので驚いた。こんなのは今までのプレゼント企画において初めてだ。

「これ、つけられるようにしてくれない?今度お友達と買い物に行くときにつけていきたいのよね」

母が差し出したのは小さなペパーミントグリーンの箱だった。中身はシルバーのネックレスだ。少々黒ずんでしまったそれを手に取る。私が何度かクリーニングしているのでそんなに汚れてはいないが、しまい方が悪かったのかチェーンが絡んでしまっていた。

「じゃあ、ほぐして軽くクリーニングすればいいのかな?」
「よろしくね」

私は何故かこういう絡まったものをほぐして解くのが得意なので、すぐに一番困っている問題は片付く。チェーンをひらっと広げて見せた。

「できたよ」
「こういうの本当に器用よね」
「まあね」


社会人になってすぐにお給料で買ったというティファニーのネックレス。自分のお気に入りとして買ったものを母はずっと大切にするタイプだ。一見淡白に見える母だが、私に対してもちょうど良い距離感で支えてくれる。プレゼントにうるさいのはきっと「大切にしようと思えるようになるだけの基準」が他の人より高いからだ。手のひらに乗せておくものをあらかじめ厳選し少なくしているからこそ確実に守っていくことができるのだ。私にもそういうところがある。

ネックレスをポリッシュクロスに包んで少しずつ磨き上げていく。クロスが動くたびに曇りが取れてぴかぴかと輝き始める。

「できあがりだよ」
「ありがとう!」

ネックレスのトップ部分に母の笑顔がきらっと映り込む。どうやら母の日のミッションは無事に終えることができたらしい。良かった。

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