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8月、ボカロによる読経とAIによる戒名

 その葬式は、一風変わっていた。
 白いロボットが坊主の袈裟を着て、木魚を叩いている。
 読み上げる読経は、Vocaloidだ。可愛い。
 戒名も張り出されている。AIが自動生成した。
 ウチの会社の奴らが、葬式代行業者に頼んだ。
 格安サービスで、最後は自然葬で閉める。
 お墓はないが、インターネット上に俺のサイトが立つ。
 ウチの会社の社員旅行やバーベQの写真をアップする。
 サーバーが俺の墓で、思い出も閲覧者に共有される。
 俺は黙って、葬儀の様子を眺めていた。
 宙に浮いている。理由は分からない。
 夢でも見ているのか?
 
 俺はIT会社のエンジニアだ。
 サイトの画面側をデザインする。PGだ。
 だが病気が流行り、ここ数年、テレワークが続いた。
 通勤から解放されたが、運動不足でぶくぶく太った。
 健康診断で引っ掛かった。持病を発病した。
 所謂、基礎疾患持ちになった。
 折しも会社で、お注射の集団接種を勧めていた。
 代表自ら音頭を取って、積極的に社員を連れて行く。
 特に基礎疾患持ちは、対策は必須ですとメールが飛んだ。
 病気に対する対策として、会社はお注射の接種を勧めた。
 スキルシートにまで、接種済みですとばっちりと書かれる。
 ユーザーに安心して、現場で使ってもらうためだ。
 無論、受けない自由もある筈だが、そこは同調圧力だ。
 俺は無言で接種を続けた。ユーザーはテレワークに切り替えた。
 テレワークなら、打っても、打たなくても、同じだった。
 合計、四回お注射したが、三回目で具合が悪くなった。
 だが会社からメールが飛び、返信を求められるので受けた。
 四回目のお注射の後、高熱を出して、ダウンした。
 死ぬと悟ったが、もう遅かった。
 
 ウチの会社は、男性中年の独身者が圧倒的に多い。
 独り暮らしがデフォで、実家にも帰らない。
 親と仲が悪いか、家と断絶している事が多かった。
 当然だが、恋人などいない。右手が恋人だ。
 あと皆でお〇パブに行く。馬鹿騒ぎだ。
 だがふと冷静になると、死んだ後どうなるのか気になった。
 だから社員で集まって、自分たちの遺書を纏めた。
 PCのデータは、内容を見ないで、真っ先に消去せよ。
 これは満場一致だった。
 むしろ、このために皆で集まったとも言える。
 葬儀についても、皆で話し合った。
 いつ、何時、死ぬか分からないご時世である。
 万が一に備えて、基金を立て、安い葬儀を組んだ。
 葬儀や後始末など、会社に迷惑を掛けないためだった。
 そして8月、ボカロによる読経とAIによる戒名となった。
 感傷はない。手順通りだ。皆で決めた事だ。異存はない。
 だが俺は宙に浮いている。なぜだ?
 
 死後の世界があるのかどうか、皆で議論となった。
 「……この中で、死んだ奴が出たら、体重を測ろう」
 データサイエンティストを名乗るPython使いが言った。
 「体重?なぜだ?」
 黒の剣士を名乗るJavaとPHPの二刀流が尋ねた。
 「……霊魂があるなら、その分、体重が減る筈だ」
 「そうなのか?」
 データサイエンティストの回答に、黒の剣士が首を傾げる。
 「……21.3gと報告した海外の論文がある」
 「それは初耳だな。実際に量った奴がいるのか?」
 「……ああ、そうだ」
 一同は沈黙した。データサイエンティストは続けた。
 「……俺が知りたいのは、いつ魂が抜けるかだ」
 「つまり、実験か?」
 一同はやや驚いた。そんな事をして何になる?
 「……魂が抜けた後、火葬した方がいいだろ」
 データサイエンティストは言った。
 「確かに中身ごと燃やされるのは嫌だな」
 黒の剣士も呟いた。それで決まった。
 死後、体重を測り、体重が減ってから、焼く事になった。
 
 遺体から48時間で、魂が抜けたと、皆が話していた。
 20g減ったと話している。体重を測ったらしい。
 いや、俺はここにいるのだが?ふわふわ浮いている。20g?
 Vocaloidによる読経は続く。これ、意味あるのか?
 ロボットは、ぽくぽくと木魚を規則的に叩いている。
 形だけ葬儀を真似ているが、何の意味があるのか?
 人間と機械の違いは何か?
 唯物論ならば、人間も機械も物だ。変わらない。
 では人権は?人間の権利は?よく分からない。
 葬儀は終わり、火葬場で焼かれた。
 樹木葬を選んだ。野山に近い霊園の一角にある。
 これは昔で言う処の無縁仏の新形態か。
 20gの俺は、霊園と野山の間を漂った。
 これからどうしたらいいのか、分からない。
 仕事は?家は?お〇パブは?
 日夜、彷徨う。もう時間さえ分からない。
 
 「……ちょっとそこのふわふわした人、20gのあなた」
 声を掛けられた。振り返ると、死神美少女がいた。
 「……あなたの行くべき世界に連れて行く。来る?」
 20gの俺に、選択の余地はなかった。ついて行く。
 「……エンマ様の処まで行く」
 エンマ様?閻魔大王か?まさか地獄に行くのか?
 それから俺は、三途の川を渡り、朱色の閻魔庁に向かった。
 そのエンマ様は、青色の顔をして、眼鏡を掛けていた。
 法廷にいる官吏たちも、どことなく理系の匂いがした。
 「まず最初に、言っておく」
 開廷早々、閻魔大王は宣言した。
 「供養は人が行うものだ」
 「……ロボットじゃダメか」
 AIが自動生成した戒名を見せた。
 「お前はそれで納得したのか?」
 いや、納得していない。意味不明だった。
 「……じゃあ、坊さんがやったら救われるのか?」
 「本来そうだ。だが今はダメだ」
 「……なぜ?」
 「坊さんからして、あの世を信じていない」
 唯物論という奴か、近頃流行っている。
 「唯物論を主張するなら、人権は求めるな」
 眼鏡を掛けた青色の閻魔大王は続けた。
 「人権を主張するなら、唯物論は唱えるな」
 「……両立しないのか?」
 「ではロボットに人権を認めるのか?」
 俺は沈黙した。よく分からない。
 「認めるなら、人権はまやかしになる」
 「……人権って何だ?」
 「お前たちは地上で霊長類と言うのだろう?」
 それは単なる名称だ。別の名称でもいい。
 「人間と機械の区別が付かないなら、人権も意味がない」
 そうかもしれない。でも人間の権利って何だ?
 「それは魂の平安だろう。だから供養は人が行う」
 納得できる供養なら、人は救われるのか?俺はダメなのか?
 「木とサーバーがお墓で、お前は救われるのか?」
 いや、それはただのサービスだ。約款とサブスクで構成される。
 「こんなサービス、作った奴も、利用する奴も、皆地獄行きだ!」
 青色の閻魔大王は、ダーン!と木槌を降ろした。官吏が記録を付ける。
 そして照魔の鏡に、俺の人生が照らされた。あっ、お〇パブだ。
 会社の奴らと乱痴気騒ぎをしている。よりによって、ここから映すか。
 だがそういうものかもしれない。PCも晒された。ああ、ダメだ。
 俺はどうすれば良かったのか?俺は恥ずかしくなって、俯いた。
 
            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺013

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