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奥様は魔女

 週刊誌ショウワは、総理大臣の元妻のインタビューを載せていた。
 そこには、ありとあらゆる事が書かれている。
 所謂、夜の夫婦生活についても、赤裸々に述べられていた。
 読者は、そんな記事は読み飛ばしたが、改めてこの家族の異様さに目を見張った。
 元夫は――総理大臣の事だが――書斎に閉じこもって、目に見えない人と対話していると言う。また一人娘がいるが、スマホで変身する魔法少女だと言う。そしてこの場合――元妻の事だが――かつて彼女は主婦だったが、今は魔女だと言う。
 シンプルに言って、おかしな家族であり、社会不適合に見えた。まともに仕事ができるのか?
 だが元妻は、総理大臣の怪力乱心を疑っていなかった。時々、不思議な現象を起こす人だと言う。また娘が魔法少女である事も、誇りに思っているのか、当然という態度で話していた。そして本人は、現代の魔女を名乗っていた。本物のサキュバスだと言う。
 途中で、この記事を読むのを止めて、袋とじに走る男性読者もいた。馬鹿馬鹿しい。若い女の裸でも見て、気を紛らわそう。すると、そこには、総理大臣の元妻がいた。服を脱いでいる。
 これが本当のスキャンダルだった。インタビューなんて、ただの前菜に過ぎなかった。
 総理大臣の元妻が裸になって、週刊誌で暴れる。そういうスキャンダルだった。良識ある人たちは、ますます総理大臣と距離を取り、悪ふざけが好きな人たちは、持てはやした。
 だが人の噂も49日。そのうち鎮火した。それよりも現在の情勢は、予断を許さない緊張状態が長く続いており、そんな話などどうでも良くなった。しかしそのうち、この総理大臣は一体何者なのか、世間でも気にし始めた。確かに普通ではない。本当にそんな力があるのか。

 「……総理は怪力乱心を使うとの事ですが、本当ですか?」
 都内某所某日、週刊ユウヒの女性記者は、総理大臣の元妻にインタビューしていた。
 「そうよ。彼は使うわ」
 総理大臣の元妻があっさりそう答えると、週刊ユウヒの女性記者は、疑問を呈した。
 「……それは本当ですか?」
 「専門家の言う事は聞きなさい」
 総理大臣の元妻は、現代の魔女を名乗っていた。名刺まで作ってある。
 「……何の専門家ですか?」
 「私はウィッチ。ウィッチ・クラフトの専門家よ」
 確かに西洋的な魔女の姿をしている。妖艶だ。年齢がよく分からない。
 「……怪力乱心とどういう違いがあるのですか?」
 週刊ユウヒの女性記者は、笑顔でタラッと汗を流していた。
 「そんなのウィザードとウィッチの違いみたいなものよ」
 男がウィザードで、女がウィッチか。怪力乱心も魔法も似たようなものか。
 「それよりも、あの男が総理大臣だなんてとんでもない!」
 その魔女は怒っていた。週刊ユウヒの女性記者は話を伺う。
 「……具体的に、どんなところがとんでもないんですか?」
 「あの男は、私を幸せにしなかった。だからギルティよ」
 沈黙が訪れた。時は金なり。このインタビューは果たして記事になるのか?
 「……魔女さんを幸せにしなかった事と、総理大臣を務める事は関係あるのですか?」
 週刊ユウヒの女性記者は、ある意味、常識的過ぎたのかもしれない。
 「おおありよ!妻を幸せにできなかった男に、日本を任せられて?」
 魔女の論理は飛躍していたが、奇妙な説得力があった。
 「……家庭を顧みないで、仕事ばかりやっていたと?」
 「そうよ!だから私は魔女になった!悪い?」
 魔女は憤然と言った。正義は我にあり?その魔女は錦の御旗を翻す。
 「……でも不倫は社会的に肯定されないと思いますが」
 週刊ユウヒの女性記者は、控えめな反論をした。
 「私は裁判に勝った」
 そうなのだ。妻が不倫したのに、夫が裁判で敗けている。意味不明だ。
 「……裁判の結果は存じていますが、どうして勝てたのでしょうか?お聞かせ下さい」
 「え?そんなの簡単よ。魔法を使えば、ちょちょいのちょいよ」
 週刊ユウヒの女性記者は沈黙した。ダメだ。このインタビューは使い物にならないだろう。
 「……裁判官は公平な審理をしていないと?」
 「ええ、そうよ。全部、私が心を奪ってやった。サキュバスだからね」
 その魔女は、事もあろうか、ウィンクして、舌さえ出して見せた。年齢を考えろ?
 「……だとしたら、大変な問題だと思いますが」
 週刊ユウヒの女性記者は言った。だが魔女も言った。
 「でも私が裁判で魔法を使ったって、どうやって証明するの?」
 週刊ユウヒの女性記者は再び沈黙した。
 「警察お得意の科学捜査なんかじゃ、私を捕まえられないわよ。私は魔女だから」
 確かにそうだろう。魔女が存在するなら、そういう事になる。
 「もし私を捕まえるのなら、魔法の存在を証明しないと」
 魔女はそう言って、笑った。それは確かにできない。
 「……魔法の件はともかく、総理大臣に対して、何か言いたい事があればどうぞ」
 週刊ユウヒの女性記者は、インタビューの締めに入った。早く終わらせよう。
 「私の時間を返せ!」
 「……心境、お察しします」
 確かに、せっかく家庭を開いたのに、旦那が書斎に閉じ籠るのは悲しい。この元奥さんが怒るのは無理もない。だがそれで魔女になるのは凄い。どうやってなるのか?
 「そんなの簡単よ。旦那を呪えば、誰でも魔女になれる。あとは恋よ」
 週刊ユウヒの女性記者は、苦笑いするしかなかった。アレ?今、心を読まれた?
 「当たり前じゃない。私は魔女よ。人の心を操れる。だから人の心も見れる」
 魔女がそう言うと、週刊ユウヒの女性記者は少し、興味が湧いてきた。
 「……私も魔女になれますか?」
 「呪いのわら人形を用意して、誰か憎たらしい奴を呪いながら、五寸釘で打てばOKよ」
 それは嫌だ。ちょっとできない。というか、そこまでしないといけないのか。
 「嫌な奴を呪い、好きな人に恋をする。女は皆、魔女よ」
 「……それはちょっと人としてどうなのか」
 週刊ユウヒの女性記者は、理性的でありたいと思った。社会で生きているのだ。
 「お薬を作る白魔法もあるわよ。ああ、今だと薬事法にひっかかるか」
 魔女は言った。週刊ユウヒの女性記者は、苦笑いする。
 「……凄いですね。ホントにそういう力があるんですね」
 「当たり前よ。人間は元々、そういう存在。現代人が退化しているだけ」
 「……でもそれなら、どうして、魔法でどうにかしなかったのですか?」
 週刊ユウヒの女性記者は、単純に疑問を口にした。
 「勿論、どうにかしようとしたわよ」
 魔女は憤然として言った。
 「いつも朝食と夕食を用意していたのだけれども、全然食べなくて」
 それは食事に何か盛っていたのか。それなら、旦那が書斎に閉じこもるのも分かる。
 「ええ、当然、私の言う事を聞くように混ぜたわ」
 「……なるほど」
 週刊ユウヒの女性記者は、どっちもどっちだと思った。
 「でも家で食事を取りたがらないのは前からよ。朝だけ食べて家を出る」
 週刊ユウヒの女性記者は頷いた。そういう旦那も世にいるだろう。
 「……お子さんはどうされていたのですか?」
 「私と一緒にいたわよ。家を出るまでは」
 「……お子さんは何か言っていましたか?」
 週刊ユウヒの女性記者が尋ねると、魔女は考えてから言った。
 「ネコを拾って来るまでは、私と同じだったけど、その後は違う」
 「……といいますと?」
 「あの子は父親に付いた。何かあったみたいね」
 
 週刊ユウヒの女性記者とのインタビューが終わると、その魔女は、元夫に電話を掛けた。
 「支払いが滞っているんだけど?」
 電話に出た総理大臣は、忙しそうにしていた。外を歩いて移動中か。
 「……月末には払う」
 慰謝料の件だった。不倫の裁判で敗けて、元夫は分割して払っている。
 「何でお金がないの?総理大臣なんでしょう?」
 「……全額、政府に返納している。賞与もなしだ」
 魔女は一瞬、意味が分からなかった。全額返納?
 「そんな事をしたら、お金が出て行くだけじゃないの!」
 「……ああ、そうだ。すでに借金がある」
 元夫は、会社時代の貯金をすでに選挙で使い果たしている。
 「馬鹿じゃないの?ボランティア活動じゃないのよ!」
 魔女は、元夫のあまりの計画性のなさに怒り出した。
 「……ああ、億万長者だったら良かったのにと思う今日この頃だ」
 古典古代の政治家にならって、無報酬で政治活動をやり、腐敗から身を守っていると言う。
 「馬鹿じゃないの?今は現代よ?」
 「……だが合衆国の共和党前大統領も同じ事をやっている」
 「億万長者じゃないあなたがやっても、貧乏になるだけだけどね」
 「……喜べ、このまま順調に行けば、歴代の総理で初の路上生活者だ」
 「大学の学費はどうなっているの?親権はあなたに渡したんだから、面倒みなさい」
 「……それは大丈夫だ。先に四年分、すでに払ってある」
 元夫はそう言っていたが、肝心の大学の方が、社会的混乱でまともに運営できていない。
 「とにかく卒業だけはさせときなさい」
 「……ああ、娘にも自分で稼いでもらわないとな」
 結局この後、親子揃って、新大陸に行く事になった。理由はお金がなかったからで、1620年代、イングランドで弾圧を受けて困窮したピューリタンが、メイフラワー号に乗って、新大陸に活路を見出した事と同じだった。魔女は嘆息した。
 「支払いは月末まで待つわ」
 電話はそれで終わった。それが現代の魔女。奥様は魔女だった。

            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺002

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