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家族のなかで愛を循環させるために 『アムリタ』

吉本ばななさんの『アムリタ』で、心の底から悲しくなった一節がありました。

「ある種の愛が家庭を存続させるのに必要、なのよ。愛ってね、形や言葉ではなく、ある一つの状態なの。発散する力のあり方なの。求める力じゃなくて、与えるほうの力を全員が出してないとだめ。」

『アムリタ 上』より 純子さんの言葉

実家で、皆が求めるばかりの生活だった時期がありました。私が20〜27歳の頃です。

妹が生きづらさを抱えていて、次々とトラブルに巻き込まれてしまっていた時期です。人生に対する失望、やりきれなさをどうすることもできなくて、家族のちょっとした発言をきっかけに激しく攻撃してくる妹。
母が攻撃対象になることがいちばん多かったから、そのたびに私は相談を持ちかけられる。自律神経失調症で体調が悪いときにも、修士論文を書いていて切羽詰まっているときにも、仕事で帰りが遅くなったときも、関係なく。
父は妹のそういう場面に遭遇する頻度が少なく、現状をよく解っていない。そのうち良くなるからそんなに悩むな、の一点張り。

妹の辛さは自分のことのようによく分かるのです。私だって人生の挫折の最中だったから。何とかしてあげられたらと思っていた。
でも、母から「家族だから協力するのが当たり前だよね?」と言われ続け、協力するのは義務なんだと思い込み、限界まで尽くした結果…「これは搾取でしかない。これ以上私の心が壊れる前に、自分を守らなければ」と思ってしまいました。

「今は私も疲れてるから、話は明日聞くね」のひと言が言えていたらよかったのに。怒りと憎しみをこんなに抱くことはなかったかもしれないのに。
自分の不甲斐なさにも腹が立ちました。

27歳で結婚が決まり、実家から離れることになり…もう心配しなくていいんだ、と解放された気分になりました。
こんなこと、両親には絶対知られたくない。育ててもらったのに、大切にしてもらったのに。
家族のなかに居て、安心を感じられなかったことなんて。

***

あのときの私は思いやりを受け取れない精神状態だったのかもと考え直しています。
愛情を全く与えられていなかったわけではないのです。母は美味しいご飯を作ってくれたし、父は食卓で楽しい話題を提供してくれていたし、妹も落ち着いているときは優しくしてくれたし。

家庭のなかのマイナスの雰囲気に振り回されすぎていました。仕事でも家に帰っても心が休まるときがなくて、実際に体調も悪くて、自分の意思が揺らぎがちだったから。夜眠るときも、朝起きた瞬間にも、色々な心配事を考えてばかりで。

とにかく安心して暮らしたい。安定して日常を送れるように、心身の健康をしっかり考えなければ。
まずは毎日ご飯を作って食べて、お風呂に入って夜はぐっすり眠ること。結婚した後はただそれだけに力を注ぎました。
そうしたら心に余裕が生まれ、思いやりを持つこと、そして相手からの思いやりを素直に受け取れるようになっていきました。

***

アムリタは神様が飲む水という意味だそう。

「お母さんの作ったごはんとか、買ってもらったセーターとか、よく見て。クラスの人たちの顔とか、近所の家を工事でこわしちゃう時とか、よく見て。…(中略)…空が青いのも、指が五本あるのも、お父さんやお母さんがいたり、道端の知らない人と挨拶したり、それはおいしい水をごくごく飲むようなものなの。毎日、飲まないと生きていけないの。何もかもが、そうなの。飲まないと、そこにあるのに飲まないなんて、のどが渇いてしまいには死んでしまうようなことなの。」

『アムリタ 下』夢で会いにきた真由の言葉

日常はいつでもそこにあるのに、蔑ろにしていては自らを枯らしてしまう
ごくごく水を飲むように、感情に左右されず、毎日を営むこと。それが活力を生み出すことに繋がるはずです。

日常にはおちはなく、どのような祝いの夜も明けるし、どんな悲しいことも長くは続かない。食べたり、飲んだり、出かけたり、寝たり、風呂に入ったり、そういうことの力は憎んだり、愛したり、出会ったり、別れたりするよりも強い気がする。そうでなければ死別の悲しみなど、永久に乗り越えられはしない。

『アムリタ 下』文庫版あとがきより

愛情を与えて、受け取って…家族を支えるためのサイクルを生み出せるように、これからは頑張りたいなと思いました。
実家との関わりでも、私たちが新しく作っていく家庭でも。

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もう心の整理はできているのですが、だいぶ前に書いた下書きをふと思い出して投稿してみました。

(アイキャッチの写真はUnsplashからお借りしました)


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