Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−12

「だって、本当のことじゃないの」怒気を含んだ口調で、フリーダも言い返す。
「皇族としてのマリナは、ちゃんとお勤めを果たしている。それは私も認めるわ」
フリーダはグアテマラを一口飲むと、言葉を継いだ。
「私が言いたいのは、情報機関の幹部としてのマリナはどうなの? ってことよ。FGIKFは表向き政府の諜報機関だけど、その実態は、極右勢力とその支援者がターゲットだからね。マリナ付きの職員の中にも、極右シンパが潜り込んでいる可能性はある」
「屋敷内では、FGIKFの活動内容を話していないわよ。もちろん、オルガにもフリーダにも黙っている」憮然とした口調で、私は呟く。
「まさか、屋敷内にFGIKFの書類を置いてないわよね」
疑うような言い回しに、さすがの私もカチンときた。
「ねえフリーダ、そんなに私が信じられない? 私が使ったグラスの中に、睡眠薬が入ったことがわかっただけでもショックなのに!」
そこまで言って、私は今朝のキャサリンとの、ボディーランゲージによるやりとりを思い出した。
「ひょっとして……まさか……」
「思い当たることあるんじゃない?」
フリーダの質問に対し、私はキャサリンとのやりとりを話した。
「それ、いつもやってるの?」
「うん。でもFGIKFの話題ではやらない」
「あなたたちはそう思っても、敵はそう捉えない可能性は大いにあり得る」
「そんな!」思わず大声を出す私。
「冗談ないわよ! うちの屋敷じゃ、女官や侍従がボディーランゲージをサイン代わりに使っているし、よそのお屋敷だってやってるわ」
「お屋敷というお屋敷で、使用人たちがとある目的のために、そういうことをやっていると、想像したことはなかった?」
「それは……」
「使用人の中に、特定の集団に忠誠を誓っている人間がいる可能性だってゼロじゃない」
「ねえフリーダ、私たちはそこまで考えないといけないの?」
「彼らを通じて機密がバレていると思ったことないの? 自分の屋敷では、そんなことないとどうして言い切れるの?」
冷ややかな口調でフリーダは呟くと、「ふんっ」と軽蔑の視線を私に向けた。
「本っ当におめでたいわね、あなたは。それでよく諜報機関の幹部が務まるなんて、私でなくても、頭を抱えたくなるレベルよ」
捨て鉢気味で呟くと、肘をテーブルについて掌をあわせた。
「ねえマリナ……一度聞いてみたかったんだけど」こちらの顔を見つめる。
「なによ?」
「永遠に続く友情って、この世に存在すると思っている?」
「友情ってそんなもんじゃないの? 違う?」
「いま私が『あなたの敵と繋がっている二重スパイ』だとコクったらどうする?」
「冗談でしょ? あなた、私の態度に失望して、バカなこといってるんじゃないでしょうね」
「……なーんてね。私が二重スパイなわけないでしょ?」と、フリーダはすまし顔でいった。
「私を試していたのね?」私は、彼女に詰め寄った。「言っていいことと悪いことがある」
「義理人情は、諜報戦の最大の敵よ。でないと、いざというときに判断を誤るから」
唖然とする私を横目に、フリーダは何事もなかったように、ミートパイをきれいに平らげ、グアテマラを飲み干した。私もパイと食べ終わると、ダージリンを飲み干した。
カップをソーサーに置き、目線をテーブルの端に向けた。
ああ、今日は本当に憂鬱だ。
本当なら今頃はフリーダと一緒に、ここでだべって、年頃の若い女性と同じように、この店のメニューについてくっちゃべっていたはずだ。なのにこんなことになったのは、やっぱり日頃の行いが悪いからなのだろうか?
そういえば、今朝は起きてから食べ物も飲み物もおいしくない。
ブルーベリーパイは硬く甘味が強く、ダージリンも苦い。気分のせいか、それとも……「ハッ」私はフリーダに気づかれないように呟いたつもりだったが、それを見逃すフリーダではなかった。
「なあマリナ、何か思い出したよね……」
「ううん」私は激しく首を左右に振ったが、おとなしく引き下がるフリーダではない。
「思い出した、んだよな……」フリーダの視線が険しくなる。
「い、いや……」か細い声で答えるのがやっとの私。だが
「私の目を見て答えろ、エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ・カーリン……」
フリーダは椅子から立ち上がると中腰の姿勢になり、鬼のような形相で私を睨みつける。わかったわよ、正直に話すから怒らないで……。
「今朝起きた時、夕べワインを飲んだのと同じグラスに冷水を……」
「飲んだのか?」と尋ねるフリーダに、私は「うん」と答える。
「すすぐか、別のグラスに飲もうと思わなかったの?」
「こんな展開になるとは思っていなかったし……」囁くような声で答える私。
「私はさっきから、それがあなたのダメなところなのよと指摘しているわよね?」

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